恋の協奏曲(コンチェルト) 第8話 by 東方不敗
湯気が天井まで昇り換気扇に吸いこまれていく。
風が吹いていた。
冷たい夜の風があたしの髪をなびかせていた。
「……寒いか?」
「ちょっとね……。それで、なに、一体?」
あたしはベランダの手すりに手をかけて、横にいるソースケに話しかけた。月明かりが照らした顔には、どこか困ったような表情が読んで取れた。
「……できれば、驚かないで欲しい」
「どんな内容なのか聞かなきゃ驚くかどうかもわかんないわよ」
「いや、それはそうなんだが……」
「……一体なんなのよ。いきなりこんなとこに呼び出して」
「……かなめ」
「んー?」
「君に……受け取って欲しい物がある」
真剣な声で言って来る。あたしはソースケの顔を見つめて、
「……なに?」
「……目をつぶってくれ」
「……目?」
「ああ、いいというまで、開かないで欲しい」
「……わかった」
すっと、目を閉じる。真っ暗な視界の中、誰かがあたしの左手を取っている。
そして、きゅっと、なにかがあたしの指にはまった。
「……開いてくれ」
「……うん」
ゆっくりと、目を開く。そして、左手を目の前に持ってくると……
薬指に、小さな指輪の姿があった。
「……そ、ソースケ、これって……」
恐る恐る左手を見つめながらソースケに視線を移す。ソースケは、じっとあたしの事を見つめると、
「……俺は、君を愛している」
「ずっと、そばにいたいと思っている」
「……だから、それは……」
「……俺の、気持ちの証だ」
「……今は、まだ俺は君を幸せにできるなど、約束できないが……」
「それでも、俺は君のそばにいたい」
「ずっと、永遠に……」
「受け取って……くれるか?」
不安げな声。
でもすごく嬉しい声。
「……ホントに、そう、思ってるの?」
「震える声で、そうとだけ聞く。
「……もちろんだ。俺は……ずっと、君と、一緒にいたい……」
「……約束、してくれる……?」
「……?」
「……幸せになんか、してくれなくてもいいから……」
「あたしの事、悲しませないって、約束してくれる……?」
「……ずっと、一緒にいてくれる……?」
だんだんとかすむ視界。
その先で、ソースケはほほ笑みながら、こう言った。
「……もちろんだ」
「……うんっ!」
ふと、なにか、熱い物が頬を伝う。
熱い雫が、ぽたぽたと綺麗な指輪の上に零れ落ちている。
ぬぐってもぬぐっても止まらない、熱い雫が目から流れ出ていた。
「……ソースケっ……!」
ぎゅっと。
あたしは、ソースケの胸の中に抱きしめられていた。
あったかい。
あったかい感触がする。
大好きな感触がする。
一番好きな人の感触がする。
「……嬉しいよ、ソースケ……」
「……そうか」
「……うん。ずっと……ずっと、こうしてられたらいいのに……」
「ならこうしているか?」
「……ぇ?」
「少なくとも、夜が明けるまでなら、俺はここにいるぞ」
「うん……。でも、いいよ、寒いから」
そう言って、ソースケの胸からそっと離れる。
「でも、代わりに……」
にっこりと笑いながら、ソースケの頬に手をやる。
「これ、あたしの、気持ち……。ずっと、一緒だからね……」
そう言って。
ゆっくりと、ソースケの唇に、自分の唇を合わせる。
柔らかい感触。
暖かい……
そっと、夜空に目を向ける。
柔らかい、光。
月。
月明かりが柔らかく、あたし達のことを照らしている。
まるで、祝福でもしてくれてるかのように……
『あたしだって、あんたの事好きなんかじゃないわよ』
『……あんたっていつもそーよね、あたしがいないと、何にも出来ないんだから』
『あんたはテッサの方が好きなんでしょ!? だったらあの子のところにいけばいいじゃないっ! あんたなんか、知らないわよっ!』
……いつも嘘ついてた。
ホントは大好きなんだけど、いっつも、ホントじゃない気持ちを叫んでた。
でも、ホントは……
いつだって、あたしは……ソースケの事、好きだったから……
……これからは、ずっと一緒だよ……ソースケ……
あたしの、一番、大好きな人……
「ふああ、ぁ……」
一発大きなあくびをかます。
「あら、千鳥さん、眠たいんですか……?」
あたしの隣でベーコンエッグを作ってたお蓮さんが不思議そうにあたしの事を見た。あたしは『んー』っとうめくと、コーヒーメーカーのボタンをぱちっと入れて、
「まあ、ちょっと、いろいろあって、眠い事は眠いわね……」
「はあ、いろいろ……ですか」
「うん、ちょっと、お蓮さんが寝てからね、色々あったの」
「……はあ。それと千鳥さん……その……」
「んー?」
「その……左手の、薬指にある指輪……なんです?」
「!」
あたしは、『ばっ!』と左手を背中に持っていってお蓮さんに向かいなおると、できるだけ冷静に勤めて、
「さ、さあ? な、なんでしょーね、うははははのはー」
やっぱり冷静になれなかった。
てゆーか声が完全に裏返ってた。
そんなあたしをお蓮さんはしばらくじ~っと疑わしそうに見つめていたんだけど、一つ、意味ありげに『ふふっ』と笑うと、
「……いろいろ、あったんですね……」
「……は……?」
「そうですか、だから眠そうにしてるんですね……。なんなら寝てても良かったんですよ」
「いやあのちょっとお蓮さん?」
な、なんかすごい誤解されてる気が……
「……やっぱり、気を利かせて帰ればよかったですね……」
「ちょ、ちょっとお蓮さんっ! あんたすっごい誤解してないっ!?」
「いえ、そんなことはないですよ。絶対」
「で、でも……」
「……結婚式には、呼んでくださいね?」
「……へ?」
「それ、結婚指輪なんでしょう? 昨日、渡された」
「……う、うん……」
うつむいて、こくんとだけうなづく。あ、なんか顔熱い……
「……良かったですね、千鳥さん……。それで、付けてると言う事は、承諾したんでしょう?」
「……うん……。高校、卒業したら……。結婚してあげるって、いった……」
昨日の夜。
キスした後、あたしはあいつにそう言った。
……ホントは、今すぐでもいいんだけど……
やっぱり、世間体とかあるし……
それに……
今も、もう一緒にいるんだしね……
だから、そんな急ぐ必要ないよね……
今ごろ自分のベッドで眠っているであろうバカの顔を思い浮かべ、くすっと笑う。
「……でも、あいつの方から言ってきてくれるなんて思ってもなかったな……」
「……そうなんですか」
「うん、やっぱりあたしの方から言わなきゃならないかなって、ずっと思ってたし」
「……じゃあ、よかったですね」
「そだね……」
「……はい……」
二人でふふっと笑う。
「さっ。朝ごはん、作っちゃおっか」
「はい」
二人笑顔で、笑いながらうなずく。
ベランダに出ると、柔らかい風があたしの髪をゆらした。
もう、冬は終わりに近づいているみたいだった。
続く
あとがき
ヤマ場がやっと終わりました。
さあっ、そろそろラストです。長らくお付き合いしていただいた皆様も、あとちょっと。ちょっとだけ付き合ってください。
それでは~。
★…さりら’s感想…★
あ、あいかわらず…よく書くわ(汗
もーなんつーか、すごいですねぇ…。ぷろぽーずですかぁ。指輪ですかぁ。早っ。
まぁかなちゃんが幸せそうなのは嬉しいですが。
しかしお蓮さんほんといい役どころだよなぁ…
そして、次回は最終話。
バンドは一体どうなったのだろう?(汗
気になるーっ!!