Please Kiss Me♪ 第1話 by 東方不敗
「テレサ・テスタロッサです。今日からみなさんと一緒に勉強させていただきます。日本に来たばっかりなのでわからないことが多いと思いますから、そのときは助けてくれれば嬉しいです」
ちょっと震えた声で言うとわたしはぺこりと頭を下げた。
どおおおおおおおおっ!!
なんでかスゴイ声援が聞こえた。
「いやぁ、可愛いっ、まじで可愛いわっ!」
「よろしくー、テスタロッサさんっ!」
「……ぽっ」
な、なんなんでしょうこの雰囲気は……?
ちょっとたじろきながらも、とりあえず嫌われてはないみたいなので安心しながらわたしはちらっと教室の端っこに視線をやった。
一番大好きな人がわたしのことを相変わらずむっつりした顔で見ている。
わたしは小さく手を振るとにっこりと笑ってあげた。
さあ、新しい生活の始まりだ――
わたしがソースケさんと恋人同士になってからそろそろ一年ぐらい経つ。
その間いろいろあったけど、なんとかミスリルもやめる事が出来て、今はソースケさんと二人暮しです。ちなみにセーフハウスは引き払って普通の一軒家。
そして、学校に入学。
三年生からですけど、一年間、本当に楽しみです。
「それで、どうだった? やっぱ緊張したんじゃない?」
「はい、なんだか、みなさん目が血走ってるみたいで……」
やわらかい春の陽射しが射しこむ廊下を歩きながら横を歩くかなめさんに苦笑しながら返す。次は美術みたいで、移動教室があるみたいです。
「でも、良かったです。嫌われたりはしてないみたいで……」
なんだかみなさん概ね好意的に接してくれるし……
でもちょっと、男子のみなさんの目が怖かったですけど……あはは……
「そりゃね、ソースケだって溶け込めるくらいなんだから、テッサなら一発でしょ? はっはっは」
「……? そういえば、ソースケさんって何かと騒ぎ起こしてるって聞きましたけど」
「うん、3年になってちょっとは落ちついたけどね、まー一週間に一回はなにかとバカ騒ぎ起こすのよ」
「はあ……。そんなひどいんですか?」
横を歩いているソースケさんに視線を移す。
「いえ、それに、自分は最低限の危険に対する配慮を……」
「あんたの場合はその配慮の仕方がまともじゃないのよっまともじゃっ!」
「……しかし、千鳥。靴箱をプラスチック爆薬で危険物ごと爆破することの何が悪い?」
「全部よぜんぶっ!」
「それはソースケさんが悪いですよ。器物破損の弁償する方の身にもなってください」
ちょっと前までそういうことに頭を悩ませてましたから上の人のことがよくわかります。
「はっ……了解しました」
「了解してもどうせやるのよね、あんたは……」
「わたしもそんな気がします……」
「……むう……」
脂汗を流すソースケさんと一緒に見なれない校舎を歩いていく。
「そういえば、美術の先生ってどんな人なんですか?」
担任の神楽坂さんは結構普通っぽい人だったけど……
わたしがそう聞くと、ぴたりとソースケさんとかなめさんが歩みを止めた。思わず振り返る。
「え、ええっとね……。まあ、会えばわかるわよ、会えば、ね?」
「ああ、そうだな。会えばこの上なく良く理解できると思います」
「……はあ」
不思議に思いながら、生返事を返すけど……
すぐ、この言葉の意味を理解する事になりました。
「……死ぬかと思いました」
屋上の地面に仰向けになりながらそうつぶやくわたしをソースケさんは苦笑するように見ている。
「決して悪い人ではないんですが……」
「水星先生……。でしたよね。あの人の言う事、理解するのは多分無理です……。まだ頭痛いです……」
「はあ……」
ぼおっとしながら、真っ青な空に視線を移す。
良い天気。時折白い雲がぽつぽつと流れていくけど、そのほかにはなにもない。綺麗な空がどこまでも続いている……
それに……陽射しも、気持ち良い……
暖かい陽射し。
春はもうやって来ている。
耳を澄ますと、小鳥のさえずり声や、生徒達のさわぐ声も聞こえてくる。
「……なんだか、眠くなっちゃいそうです……」
はふっ、とあくびをかみ殺しながらつぶやく。
それに午前中は挨拶とかいろいろあったから、疲れたのかもしれない。
「ソースケさん……」
ぽふっ。
横で座っていたソースケさんの胸に甘えるように飛びつく。
「……テッサ……?」
「……わたし、今すごく幸せです……」
あったかいソースケさんの胸に顔を埋めながら言う。
「大好きな人がいてくれて……こんな平和な生活をすることができて……まるで夢みたいに思えるけど、夢じゃなくて……」
「……そう、ですか」
「……ソースケさん……ちょっと、寝ちゃっていいですか……?」
「午後の授業になれば起こしますよ」
「はい……充分です。……おやすみなさい……」
そのまま、一番のお気に入りの場所で、ゆっくりと目を閉じる。
良く内容は覚えてないけど。
とても良い夢を見たような気がする。
夕暮れの商店街を三人でゆっくりと歩いていく。右にはソースケさん、左にはかなめさんだ。
「にしても、ソースケが寝たままのテッサおんぶして来たときには驚いたわねぇ……」
「もう……その話しはやめてください。大体、ソースケさんが起こしてくれるって言ったからわたし安心して寝てたんですよ」
「いえ、その……。あまりにも、テッサが起きなかったので、仕方ないので強行策に出たわけで……」
ぷく~っと膨れたわたしをソースケさんが困ったように見る。
……わたしって、そんなに寝起き悪いでしょうか……
「とにかくっ、わたしすごく恥かしかったんですからねっ」
「申し訳ありません」
「まあまあ、テッサも許してあげなって。ソースケも別に悪気はあったわけじゃないんでしょ?」
「でも、おかげで、その、ばれちゃいました……」
「なにが?」
「その、ソースケさんと、わたしが……」
恋人同士だって事……
ホントは、内緒にしておくはずだったのに……
「ああ、だいじょぶよ、どうせいつかばれるんだから、そう言う事は」
「でも、ばれるのがはやすぎますっ!」
「だから、だいじょぶだって」
「もう……。あ、それじゃかなめさん、わたしたちこっちですから」
通りの右側を指差していう。かなめさんは左側。ここでわかれなきゃいけない。
「うん、じゃーね」
「はい、また明日」
夕焼けを顔に浴びながら、かなめさんが手を振り歩いていく。
その姿が通りの向こうに見えなくなった辺りで、くるりとわたしはソースケさんに向き直った。
「それじゃ、帰りましょうか、ソースケさん」
「はい」
夕焼けを背中に浴びて、二人でゆっくりと自分たちの家へ帰っていく。
つないだ手の暖かさが、何故か妙にうれしかった。
「でも、結構日本の学校って面白いですね」
今日の夕飯のカレーをぱくっと口にいれながらつぶやく。
「そうですか?」
「ええ、なんだかいろいろ知らない事ばっかりで、とっても楽しいです……」
「……自分は、新しい事にとまどって、千鳥に迷惑をかけてばかりでしたが……」
「それは、ソースケさんに一般常識がないからです」
「……良く判りませんが随分こけおろされてる気がするんですが」
眉をへの字型にあげてむっつりと聞いてくる。
「気のせいですよ、ソースケさん」
「……そうなんでしょうか」
「はい、そうです」
「……むう」
まだ納得いかないみたいでむっつりしてるソースケさん。なんだかちょっとおかしいです。ふふっ……
「……テッサ?」
「あ、ごめんなさい、なんだか、悩んでるソースケさんが面白くて……」
口元を押さえながら言う。ふふっ、ばれちゃったみたいです。
「……そういえば、ソースケさんって、めったに笑いませんよね」
「……そうですか?」
「ええ、あなたに会ってから、もう、何年も経ちましたけど……笑った顔を、あんまり見た覚えがないです」
「……昔は、笑いませんでしたから」
「……じゃあ、今は笑うんですか?」
「ええ」
そう言って、ちょっと不器用にソースケさんがほほ笑む。
「よくわかりませんけど、あなたといると笑っていたくなるんです」
「……わたしと、ですか?」
ちょっと、いや、かなり……驚いて、自分の顔を指差す。なんだか、恥かしいですね、その言葉……
「はい。……良くは、わかりませんが」
ぽりぽりと頬を掻くソースケさん。わたしはふふっと笑うと、ソースケさんにこう言った。
「……それは、きっとですねえ……」
ゆっくりと。
ちょっと、意地悪目に。
でも、本当の気持ちをこめて。
ゆっくりと言う。
「きっと、ソースケさんが、わたしの事を好きだからですよ」
「……っ!? げほげほっ、げほっ!」
せきこむソースケさん。
「あははソースケさん、間抜けですよ」
「……いきなり、そんなことを言わないで下さい」
「……びっくりしました?」
「……おそらく、この上なくビックリしました」
「そうですか」
にっこりと笑う。そして、ちょっと息をついで、
「でも、ホントのことです」
「……そう、ですか」
「ソースケさん、ちょっと顔赤いですよ」
「……そうですか」
「てれてるんですか?」
「いえ、そんなことは、決して、ない、と、思います……」
しどろもどろになりながら、必死に言葉を紡ぐソースケさん。なんだか、こんなソースケさん初めて見るみたい。
「うそです、絶対てれてます」
「……はあ」
「でも……」
「?」
「なんだか、そんなソースケさん見れて、とっても嬉しいです」
「……テッサ」
「……ソースケさん、キスして、いいですか?」
ぽそっとつぶやく。
「……構いませんが」
「……それじゃ、目をつぶってください」
「……了解」
ソースケさんが目をつぶる。わたしはその頬にそっと手をやると、自分の唇を近づけていく。そして、
「……大好きです、ソースケさん……」
二人の唇が、重なった。
やわらかい感触が、どこか愛しかった。
続く