どうしようもないテロリズム 第1話 by 量産型ボン太くん
またあの日がやってくる。1年のなかで最も忌むべき日が。 彼はこの日がくるたびに苦痛を堪え、涙を呑んできた。
しかし、もうそんな心配もいらない。
彼には、彼と同じ苦しみを持つ仲間が集まっていた。
彼らは今、部屋に集まって話をしている所だった。
「もうこんな季節になったのか…。早いものだな」
「ああ、だがもうすぐこの苦しみからも解放される。今まで迫害を受けてきた我々にもようやく陽の光がさすというものだ」
「その通り。今まで我々に対して行われてきた悪逆非道の数々…。その償いをさせる時が遂にきたのだ。
だが、我らの敵はあまりにも強大だ。奴らは世界中に拠点を持っている。しかし、我々の信念は揺るがない!
今こそ、あの非合理的かつ不平等な体制をとる連中に正義の鉄槌を下してやるのだ!」
「うおおおおおおお!!」
その場にいる男達全員が、歓喜の声をあげる。
「諸君、これは聖戦だ!神の名をかたり、不当な金銭搾取を続ける卑しいキ○ストの手下どもに、我々の戦いを見せてやるのだ!」
男達が再び歓声をあげる。この日以来、ある物を標的にした世界規模でのテロ活動が行われるようになる。
朝から男子一同がそわそわしている。
教室で友人の常盤恭子と話をしていた千鳥かなめはそう思った。
というよりも行動自体がおかしい。
登校してきた時に下駄箱をのぞいて溜め息をつく者、教室に入ってきた時に思わず机の中を見る者。
彼らのその後の行動もまた、奇妙の一言につきる。
あからさまに肩を落としてうなだれる者、何か悟りきったような疲れた表情を浮かべる者。
しかし、彼らはまだ諦めたわけではない。まだ時間はある。
『今年こそはこいつには負けねぇ、いや負けられねぇ』といった視線を互いに投げ合っている。
睨み合っているものの、具体的な行動にでる者はいない。
適度な緊張感が生む一種の膠着状態だ。
そんな諸々の感情がごちゃ混ぜになった異様な空気が、2年4組の教室に充満していた。
「なんかすごいことになってるよね、この教室」
恭子がかなめに言った。
「本当よね。いくらバレンタインデーだからって何でここまで緊張するんだか」
そう、今日はバレンタインデーなのである。
「ふーん、じゃあカナちゃんは緊張してないんだ?」
「な、なんであたしが緊張するのよ」
「え~、だって相良君にあげるんでしょ。チョコ」
「ちょっ、あたしは別に…」
かなめが恭子に言い返そうとしたその時…。
廊下で叫び声がした。二人が急いで廊下に出ると、そこには彼女らの見知った人物がいた。相良宗介だ。
彼はどこかのクラスの生徒を廊下にねじ伏せ、その手に今まさに手錠をかけようとしている所だった。
「ソースケ!朝から何やってんのよ!」
かなめは宗介の頭を叩くと、彼と生徒を無理やり引きはがした。
「待て、千鳥。その男はあぶない。すぐに離れるんだ」
「えっ?」
宗介に言われて、かなめはじっくりとその生徒を見た。どこから見ても普通の生徒にしか見えない。
どこが危ないというのだろう。
「気をつけろ千鳥。今朝から生徒達の様子がおかしい。挙動不審で、しかも一部の者は殺気に近いようなものまで放っていた。これからクーデターでも起こす気かもしれん」
かなめと恭子はおもいっきり脱力した。
「クーデターってあんたね…」
「生徒会の自治権を狙う者の可能性がある。そこで手近にいた生徒の内の一人を捕まえて、これから尋問しようとしていたところだ」
「するなっ!」
かなめは再度宗介の頭をハリセンで叩いた。
「痛いではないか」
「うるさい!何であんたは学習ってものをしないのよ!この、くぬっ、くぬっ」
かなめはなおも宗介にハリセンの連打を浴びせる。
そして渾身の一撃を与えるべく、大きくハリセンを振りかぶったその瞬間、宗介の携帯電話の着信音が鳴った。
宗介は即座に復活し、電話にでる。
「こちらウルズ7。……そうか、わかった。すぐにそちらへ向かう」
宗介は電話を切ると床に置いてあった鞄を拾って、かなめに言った。
「急用が入った。早退する」
「早退…?今学校に来たばかりなのに?」
「しょうがない。先生には、適当に言っておいてくれ」
そう言うなり、宗介は走っていってしまった。
「あ、ちょっと!…まったく…」
かなめが溜め息をつくと、丁度チャイムが鳴ったところだった。
ホームルームが始まる。かなめは教室に入った。
宗介が早退した理由は、やはりミスリルの仕事だった。
西太平洋基地から急遽、宗介に呼び出しがかかったのだ。
宗介はメリダ島に着くと、すぐに第1状況説明室へと向かった。部屋には既に皆が集まっていた。
カリーニン少佐は、宗介が入室したのを確認すると今回の任務について話し始めた。
「最近ニュース等でも報じられているので知っている者も多いと思うが、ここ3ヶ月ほどで、世界で20箇所以上の食品加工工場が
何者かによって攻撃を受けている。犯人の目的は分からないが、犯人そのものは既に目星がついている」
カリーニンがそこまで説明を終えたところで、隊員の一人が手を挙げる。
「それは我々の仕事ではないのでは…?」
「確かに、普通ならば各国の警察に任せればよいところだが、犯人グループが逃げ込んだ場所の情勢が不安定でな。どの国も下手に動けんのだ。
よって、我々はすみやかに敵を殲滅し、地元警察や軍隊に気付かれる前に撤退する必要がある」
「警察や軍に気付かれる前に撤退って…。そんな無茶な」
「またこんな仕事かよ…」
隊員達がぼやく。カリーニンはかまわず説明を続ける。
「敵の戦力はAS6機だ」
スクリーンに敵のASの画像が表示される。卵型のずんぐりとした胴体、蛙を連想させる頭部、ソ連製のアーム・スレイブ、Rk-92<サベージ>だ。
「今回はAS3機で出撃する。TDD-1から緊急展開ブースターで目的地まで移動し、撤収はヘリによって行う。
この作戦は迅速さが要求される。各員心して任務にあたれ。以上だ」
カリーニンの説明が終わると、今度はクルーゾー中尉が作戦の詳細を説明し始めた。
強襲揚陸潜水艦トゥアハー・デ・ダナンのASの格納庫にて、クルツと宗介が話をしていた。
「あ~あ、世の中はバレンタインデー一色だってゆーのに、俺達はまたしてもテロ屋の相手をせにゃならんわけね…」
「これも仕事だ。しかし、朝から気になっていたのだが、今日は何か特別な日なのか?」
「おいおい……まさか今日が何の日か知らねえとはな…。おまえ本当に学生か?そんなに何もかも知らないと青春を無駄にしちまうぜ?」
宗介はいささかむっとして言い返した。
「知らないものはしょうがないだろう。それで、結局今日は何の日なのだ?」
「バレンタインデーだよ。こいつを知らなかったらキリスト教徒失格だな」
クルツが笑いながら宗介に教えてやると、宗介は真面目な顔で返してくる。
「俺はイスラームだ。キリスト教の習慣を知らないのは当然だろう」
「いや、別に宗教はこの際関係ないんだけどな。バレンタインデーってのは……」
クルツが言い終わる前に、出撃の時間になってしまった。
艦内放送でしきりに、各自最終チェックを行うよう呼びかけている。
「続きは仕事が終わってからだな」
クルツはそう言うと、さっさと自分の機体に走っていった。
宗介も自分の機体に乗り込む。
やがて艦内が慌しくなってくる。エレベーターがASを飛行甲板まで運ぶ。
宗介は機体を操作して、カタパルトに機体を固定させる。
宗介はクルツの最後の言葉が若干気になったが、全ては仕事が終わってからだ。
「準備OK。ウルズ7、発進する」
宗介の声とともに彼の機体が一気に加速する。
速度が十分に上がると、そのまま発艦する。
機体は大気を切り裂き、高度を上げていった。
つづく
あとがき
はい、バレンタインデーネタです。バレンタインデーといっても、甘々なラブコメが書けないばかりに
こんなものが出来上がってます……。でも斬新でしょ♪(ぇ