クルツの来日(受難編) by ひび
相良宗介は嫌な予感がしていた。支援がないときや、同僚の「大丈夫だ」を聞いたときのあれだ。
先日はいきなり戦隊指揮官、つまりテレサ・テスタロッサ大佐が泊まりに来て散々振り回されるなどいいことがないのだ。
よく考えてみたら、千鳥かなめの護衛任務に就いてからいいことなど数えるほどしかないのだが、本人は全くと言っていいほど気づいていない。
今回その嫌な予感は見事に的中した。
ピンポーン
家のベルが鳴る。
とたんに宗介は表情を変え、手近に置いてあった愛銃グロック19を手にとり玄関へと向
かった。
慎重に足音を立てぬよう近づく。覗き穴は塞いであるので、覗けないが向こうからも全く
見えない。
外には一人の気配しかない。ドアを開けた一瞬が勝負だ。
「何者だ!!」
ドアを必要最低限だけ開け、身を滑り込ませ外に出る。次に相手の首を地面に押さえつけようとしたが、素早くかわされてしまった。
「ひょ~、危ねぇな。お前いつもこんなことしてるのかソースケ?」
少し離れたところに金髪碧眼の男が立っていた。同僚のクルツ・ウェーバー軍曹だった。
「何故貴様がここにいる」
急に不機嫌そうないつものむっつり顔に戻る。
「そんな顔するなよ、長い付き合いだろーが。あがるぜー」
と、言うと、宗介を押し退け勝手に部屋へと入っていった。
付け足すと、宗介は新聞の集金やキャッチセールスなどにもこのような対応をするのであ
ちら様としてはたまったもんじゃないのだった。
宗介とクルツは机を挟んで座っていた。
「で、何しに来たんだ」
むっつり顔で問う。手にはインスタントのコーヒーがある。
「何しに、って任務だ。つーか、お前には客人をもてなす気はないのか?」
クルツの前にはコーヒーは置かれていない。宗介は自分の分だけ作ったら椅子に座ってしまったからだ。
「連絡もなく押し掛けてくる奴が客なものか。で、本当は何をしに来た」
再度問う。だが今度は眉間に銃身のおまけ付きだ。
「わ・分かったからこの銃どけろ。ただ休暇で遊びに来ただけだ。わりぃか?」
「よく大佐殿が許可したな。この前温泉に行ってフザケていたばっかりだろう」
クルツは立ち上がりキッチンに向かいながら話す。
「あれはお前が罠仕掛けてたからだろうが!!テッサは『私だけ長期休暇はおかしいですから』って言って許可してくれたぞ。中佐は嫌みな顔向けてくれてたがな」
「そうか、いつまでいるんだ?」
「お前にしちゃあ物分かりがいいじゃねぇか」
と、言いつつ手にコーヒーカップを持って席に戻ってくる。
「二週間だ」
この言葉で気付くべきであったのだが、日本で、いや、そのようなことは今まで体験したことがない宗介なので仕方のないことだった。
「と、言う訳で前々から話していた通り、今日から教育実習生が来ます。くれぐれもあなたが育った物騒な世界での常識を教えないでくださいよ、さ・が・ら君」
陣代高校二年四組の朝礼での出来事だ。担任の神楽坂先生がある一生徒に念を押して注意をしていた。
「せんせー、それ前にも言ってたような気がします」
メガネをかけた線の細そうな生徒が言う。
「はい、風間君、きっとそれはデジャヴュですので気にしないでください」
ぱっぱと片付ける。ある生徒の影響でこういう対応にも慣れてしまったらしい。
「それでは入ってきてー」
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「はーい、お待たせしました。皆さんのクルツ君でーす」
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「あ゛ーーーーーーーーー」
教室の中の何人かが奇声じみた声をあげる。
「はいはい、静かに。何人かは面識があるみたいだけど。えーと、まず自己紹介してもらえるかしら?」
「はい。えーと、クルツ・ウェーバーっていいます。今回教育実習生として来ました。担当科目は英語です。趣味はギター弾くことです。よろしくー」
そう言い、こめかみの辺りを指でこする。それを見た女子生徒の何人かはきゃーきゃー言っていた。
が、数人反応の違う生徒達がいた。相良宗介、千鳥かなめ、常盤恭子、風間信二、小野Dこと小野寺孝太郎の五名である。
「ちょっとソースケ、どういうことよ?」
「いや、俺にも分からん。昨日俺の部屋に押しかけてきて、登校時にはまだ寝ていたはずだ」
先生が説明を続ける。
「えー、皆さんなぜ我が校の卒業生でないクルツ君が教育実習生として来たか不思議に思ってるでしょうから、そのことから説明します」
「おい風間、あのことバラされたらどうするよ?」
「ちょっと、縁起でもないこと言わないでよ。千鳥さんにバレたら殺されるよ、僕たち・・・」
風間と小野Dは教室の隅でひそひそ話をしていた。話の内容は意味が分からないものであったが。
「クルツ君はドイツの高校に行っていて、そこから日本の大学に来たそうです。本当なら母校に行くのですがそういう理由で日本の高校に来ています。陣高に来たのは、この間来た留学生のテッサちゃんのお父さんの生徒ということで校長が話をつけたそうです」
「そういうわけで二週間の間よろしくおねがいしまーす」
「では、朝礼はここまで。1限目の準備をしなさい。早速クルツ先生の授業ですよ」
「おい相良、どういうことだ?」
宗介の席の近くには先程挙げた五名が集まっていた。
「そうだよ相良君、聞いてないよクルツさんが教育実習生だなんて」
何故か過剰に焦っている二人を見て宗介が言う。
「仕方ない、俺もさっきクルツが現れるまで何も知らなかったのだからな」
「んー、でも昨日の夜にクルツ君が家に来たんでしょ?教育実習生の話は先週から先生してたんだし、何も疑わなかったわけ?ソースケ」
「面目ない・・・というか俺は教育実習生なるものが何か知らなかったのだ」
「あー、納得・・・」
かなめは呆れたように天を仰ぐ。すると恭子が。
「別にいーんじゃないの?クルツ君面白いし。きっと授業もおもしろいよ」
「だといいけどね・・・」
かなめ、風間、小野Dの三人の声がはもる。
「ふむ・・・」
宗介は大して気にした様子もなく一人カロリーメイトを食べていた。
「はーい、それでは授業始めますよー。俺の授業では教科書使いません。代わりにプリント配るんで、それやってもらいまーす」
そう言うとクルツは一番前の席の生徒にプリントを配り始める。
「それと俺のことは親しみを込めて『クルツくん』と呼んでね。野郎は呼ぶなよ」
「はぁー、始まったわね」
かなめが溜め息をつき、やれやれといったジェスチャーをする。
「これくらいは予想できただろう。それに俺たちは英語の授業ならそこまで真面目に受ける必要はないだろう」
「あら、相良軍曹にしては不真面目な発言ね」
「本当だな。以前の俺ならこんなこと言うはずはないのに・・・」
宗介は顎に手を当てて悩んでいる。そこにかなめが笑いながら肩をたたいて。
「いいじゃないの、ソースケがこの社会に適応してきた証拠かもよ」
それにつられて、宗介も笑いながら。
「ふっ、そうかもしれんな」
「こらー、そこ二人。何語り合ってるの?愛?センセーモマゼテクダサーイ」
さっきまで流暢な日本語を話していたのに、わざとらしく片言の日本語で言う。これには教室全体が笑い始めた。
(あとで殺す)
授業後にクルツがかなめにはりせんで叩かれたことは言うまでもない。
その後ミスリルでは七不思議のひとつとして千鳥嬢の謎のはりせんというものが出来たとか出来てないとか。
「じゃ、冗談はこの辺にしといて授業始めまーす。手始めに1つ目の文を訳してくれるかな・・・じゃあ、風間信二君」
そのときクルツは陰謀に満ちた顔をしたのだが、誰一人としてそのことには気付かなかった。ただ一人、風間だけが変な気配を感じていた。
クルツが配ったプリントには英文が数行、穴埋め問題、長文など平均的な高校生の問題がコピーされていた。クルツ手製なのを疑いたくなるほどだった。
「あ、はい。えーっと・・・」
風間の顔がだんだんと青ざめてくる。そのことに気が付いた小野Dが話しかける。
「おい、どうしたんだよ?」
「小野D訳してみてよ」
今にも泣きそうな声で応える。小野Dは少し考えた後に。
「こ、これは・・・わかんねぇな。俺英語苦手なんだよ。いっつも相良とか千鳥とかいい点取ってて羨ましがってるクチだ」
「風間くーん、分からないのかなぁ?じゃあこの前僕が温泉に行ったときの話をしてあげようか?」
この発言によって風間は追い詰められた。前方は断崖絶壁のがけで、背後からは次世代AS・M9が数台迫ってきているような感じだ。
「わかりました」
そう言い席を立つ。心なしか目からは涙が出ているようだった。
「わ、私は友人達と温泉に行き、仲の良い男友達と女友達が入っているであろう風呂を覗こうとしました。っく」
「はい、よく出来ました。皆さんはこんなことしてはいけませんよー」
笑いながらクルツが言う。また教室中笑っていたが、二人程笑っていない人物がいた。
「か、風間」
「うん、そーだよ。僕達はクルツさんにはめられたんだ。きっとあのときには教育実習生として来ること知ってたから。クルツさんは知られても関係ないだろうけど、僕達にとっては深刻なんだよっ」
半ばやけくそな感じで風間が言う。
「次は小野Dの番だから覚悟しといたほうがいいと思うよ・・・」
「大丈夫だ、俺意義は苦手って言ったろ。次の文だってさっぱり分かんねえよ」
小野Dのその言葉が聞こえたのか、クルツは、にやっとして、次の問題に移る。
「では、二つ目の問題を・・・小野寺孝太郎君」
これまたわざとらしく教室内を見渡した後に、初めから決まっていたであろう小野Dを指名する。
「はいっ、分かりません」
席を立ち即答する。小野Dはしてやったりという顔をしていたが、クルツはその顔を見てさらに、にやっとする。
「うーん、仕方ないなぁ。じゃあ・・・常盤恭子さん。この問題お願いしていいかな?」
「あ、はーい」
何も知らない小野Dは安心し、何も知らない恭子は立ち上がる。
「彼は友人達と温泉に行き、前から好意を抱いていた三つ編の少女を覗かないことは失礼だ、と主張した。これでいいですか?でもこの文よく分かりませんよ」
小野Dは、というと・・・悶絶しかかっていた。
「やられたね小野D・・・文も最初から『彼は』になってたから。向こうのほうが上手だったと思って諦めるしかないよ・・・」
その後授業は普通に進んだ。
ただ、その日から二週間ある男子生徒二人がやけにギクシャクとしていた。
そんな調子の授業。そのほかにもあれこれと事件はあったのだが・・・それはまた別の話である。
あとがき
初めてフルメタss描いてみました。タイトルと最後のほうパクりって突っ込みはなしの方向で。
風邪ひいて暇だったので、さりら姉さんの考えを元に描きました。因みに制作所要時間は総計で2時間ほど(ぉ
時間的に女神の来日のテッサが帰って一週間くらい後の話のつもりです。
今後『○○編』と続いていくかは未定でございます。
でわでわー