愛と勇気のイグナイテッド 第3話 by 南 東西
「ちょっと、ソースケ・・・・・・ソースケってば!」
先程から、曲がり角に行き当たる度にササッと隠れては角の先の安全確認をして進んでいる宗介に、かなめは不機嫌そうな声をかけた。
「なんだ千鳥、騒ぐな。敵に見つかれば、俺一人では守りきれんかもしれん」
「だから・・・・・・日本はそんなに物騒じゃないって」
半分-というか九割方-諦めたような口調で、とりあえず駄目元で再度説明を試みる。これで通じるようなら、最初から通じているだろうが。
「あのねソースケ。だからこれは・・・・・・」
「分かっている。ただの訓練なのだろう。実際の非常時を想定して行われる、その時の対処法についての再確認を兼ねた訓練だ」
「え・・・・・・じゃ、どうして・・・・・・」
瞬間、妄想とも言える想いが頭をよぎった。
もしかして、こうやってあたしと二人っきりになる為に・・・・・・。
「も、もしかして・・・・・・」
「こうして二人になる為だ。それに、言っただろう? 愛と勇気は必ず勝つ、と」
愛。その一言で心臓が一瞬強く高鳴るのを、確かに感じた。そして徐々に拍動が早くなっていくのも、自身で分かる。顔が紅潮してしまって、頭が白紙に近いものになる。思考すらマトモに働かなくなってしまう。どうしようどうしようと、その一単語だけが頭を駆け巡る。
そんな・・・・・・まだ・・・・・・。
「そんな・・・・・・まだ、あたしココロの準備が」
「大多数で行動した場合、特にこういった音が響く足場の場合は、非常に敵に察知され易い。それ故、多くても室内では三人までが、同時行動人数の限界だ。それ以上で動くと、発見されやすい上に、隠れるのもままならない。パートナーは誰でも良かったんだが、あの時一番近くに居て、尚且つ運動神経の非常に秀でた人間は君しかいなかった。その結果君を連れて来たんだ。なにせ君は、我らがミスリルに認められた勇気の持ち主だからな。だが安心しろ、愛ならば俺が持っている。放火犯、もしくはテロリストでも見つければ、俺が真の愛でもって・・・・・・」
ゾクっとした悪寒が、突然宗介を襲った。
先程から千鳥の反応がないのと、背中に感じた妙な気配が重なり、背筋に震えを覚えておずおずとゆっくりと振り返る。そこには、幾千もの戦場を戦い抜いた者にのみ宿るであろうオーラを、全身に纏った修羅が居た。
「め、迷惑・・・・・・だったか?」
「迷惑じゃああぁぁぁ!!!」
死を覚悟した宗介は、修羅の持つ武器、ハリセンで八つ裂きにされたのだった。
「で、結局のところどういう考えなわけ?」
「ふむ。訓練中、その訓練を装った敵の襲撃があるというのは、ままある話だ。実際、俺もイラクでの駐屯中、対爆撃訓練をしているところを別宗教の戦闘員に本物の爆撃機で攻撃された。その爆撃により、こちら側は重軽傷者四十一名、内十五人が死亡するという被害を」
「ハイハイ分かった分かった。つまり今回も、火災避難訓練に便乗して放火犯が来るかもしれないから、それを見張りに行くと」
「肯定だ」
「あっそ」
とりあえず警戒態勢は解いて普通に歩きながら行くようにしたのだが、それだと宗介は落ち着かないらしく、先程からそわそわと窓の外に視線と銃口を向けて歩いている。身体に染み込んだクセなのだろうか、こういうときは身を隠していないと落ち着かないらしい。
「・・・・・・分かったわよ。隠れながらでいいから、サッサといきましょ」
「それは助かる」
返事をするが否や、宗介は素早く身を屈めるとまた素早く銃の残弾を確認し始める。ろくに撃ってもいないのに確認とは、これもクセなのだろう。そう微笑み混じりに見つめるこちらに対し、宗介は何かジェスチャーで話かけてくる。
・・・・・・どうやら、しゃがめ、と言っているらしい。そう言えば、そろそろ物置に近づく頃だ。
そのジェスチャー通りにこちらが身を屈めると、宗介はOKのサインを出して、窓から倉庫の方を覗く。すると、一瞬だけ覗いたらしい宗介はすぐにまた身を屈めて、こちらに再びジェスチャーを送ってきた。
手をヒラヒラさせて、
「・・・・・・フ、フラダンス?」
銃の照準を合わせるような動きをする。
「・・・・・・ゴル●・・・・・・かな?」
更に自分自身を指差して、両拳を縦に叩き合わせて
「私は・・・・・・私が・・・・・・えっと・・・・・・」
頭の上でパーを開いて見せた。
「あ、クルクルパーねハイハイ」
あの宗介が至極真剣な顔でやっているのだから絶対にそんなことはないだろうが、ここは無理矢理にでも納得しておかねばいろいろと身が持たない。
「(多分、「放火犯、補足。排除、開始」みたいなこと言ってんのよねきっと。でも、まさか本当に? こういう場合、実は先生でしたってオチなんじゃないの?)」
暫く続いた沈黙の後、思い切ったように窓を叩き割って宗介が外へと飛び出した。割れるガラスの酷く無機的な音に少し遅れて、宗介の着地したらしい音と、何か取っ組み合いになったような音が聞こえる。
「ソースケ!」
思わず窓に駆け寄って叫ぶ。と、そこには放火犯らしき者を組み伏せた宗介の姿があった。狭い校舎裏の真ん中、物置の前、図体の大きい放火犯の腕を背中側に押さえ込み、その上に馬乗りになっている。
愛は何処に行った? という誰にともない疑問が頭を過ぎったが、この際どうでもいいことなので敢えて何も言わずにおいた。
「動くな! 片腕では済まんぞ!!」
カチャっと、手にした銃を、掴んだ放火犯の右腕につきつける。それにこたえたか、土を撒き散らして暴れていた犯人が、直ぐに大人しくなった。
「いい心掛けだ。よし、そのまま立て。妙な真似をしたら、その後頭部に風穴が開くぞ」
「ハッ! も、申し訳ありませんでした、軍曹殿!」
「ふむ、ではそのままこっちを向け・・・・・・って」
「あれ? あなた、たしか郷田優君って言ったっけ? あのラグビー部の部長の!」
数週間前、あまりのやる気のなさから廃部を宣告されるも、宗介の助力(?)によってなんとかその場を繋いだ陣代高校ラグビー部。放火犯だと思い、宗介が捕らえたのは、紛れもなく、そのラグビー部長である郷田優その人だった。
「ハッ! いかにもわたくし、不束ながらラグビー部長の郷田優であります! 軍曹殿! この度は見苦しいところを見せてしまい、誠に失礼しました。しかし、つきましては、わたくしが何故このような」
「黙れ!」
「ハッ!」
宗介の喝が飛んだ途端に、郷田がビシッと気をつけの姿勢をとる。
まるで軍隊のような郷田と宗介のやりとりを見て、かなめはまた一つ気が重くなった。片手で額を抑えながら、呻くように言葉を吐き出す。
「まぁだ続いてんのね。あの洗脳・・・・・・」
本当に、今日は帰ったら熱でも出るかも知れない。明日の学校はパスかな。
「よし、郷田二等兵! 喋ってヨシ!」
「ハッ! それでは説明させて頂きます! 実は・・・・・・」
「つまり・・・・・・」
かなめはまだ小さい子猫を抱きかかえながら、大よそ今郷田から聞いた話を頭の中でまとめていた。
「五日前に子猫を拾ったんだけど家じゃ飼えないもんだから、こうして学校の物置の下でこっそり飼っていた。そしたら今日たまたま朝ご飯をやるのを忘れていて、昼休みまでこの子が我慢できるかどうか心配だから、居ても立っても居られずに来ちゃった、と。こういうわけね」
「ハッ! 全くその通りであります!」
腕を後ろで組んだまま、やはりきちんとした姿勢で郷田は返答してくる。
随分と簡潔に済ませたのだが、実際の郷田の説明はもっと長かった。序章第一部-出会い-から始まって幾つかの部と章を経て、やっと終章最終部-愛しくて-を迎えたのだが、どれもこれも内容がコテコテの少女漫画そのままで、聞いていられない部分も多かった。その辺り、まだ本物の郷田優の思考が生きていたのかも知れない。それらをあれだけ見事に縮小できた自分に、むしろ感動さえ覚える。そして、感極まったものがここにもう一人。
「郷田二等兵、よくやったな! お前は一つの小さい命を救ったのだ! まさに愛に満ちた行動だったと言えよう。よくやった!」
「ハッ! 光栄であります!」
ビシッと敬礼する郷田二等兵。そしてその胸を、軍曹こと宗介が歩み寄ってポンと叩く。その拳の重みを、郷田二等兵は充分に理解していた。そして宗介自身、この選択が間違いでないことを確信していた。見つめ合ったお互いの目、その奥に秘められた互いの思いの炎が、語らずしてそのことを伝えあっていた。
「今日でお前はクソったれを卒業だ。明日からは、上等兵としてその任に就け! いいな!」
「サー! イエッサー!」
狭い校舎裏の、物置の前、かしこまった場所ではなかったが、そんなことは全く気にはならなかった。むしろ、華々しい式典などで挙げた戦果を讃えられるよりも、この小さな場所で、一つの命を助けたことで賞賛をあびるほうが、どれほど気高いことだろう。どれほど誇れるものだろう。
「軍曹殿・・・・・・失礼ですが、涙を拭いてもよろしいでしょうか」
「ならん! それはまだまだお前があまっちょろい証だ。枯れるまで流せ!」
「サー! イエッサー!」
涙混じりの、だが決して悲痛なモノではない大声が、小さな校舎裏に響き渡った。それは、何に涙する誰の声だったのか。それを知るものは少ない。だがその少なき者達は、決してこれを英雄譚などと語ってはならぬのだ。
これは、誰も知らない、誰も知らなくていい史実。歴史の表にでることはなかろうとも、決して色褪せることのない、一人の男の歩んだ人生。いつか忘れられる時がくる。そしてその時をただ待ち続けるだけの、小さな物語。
「(でも・・・・・・あたしはずっと語り継いで行こうと思う。あたしの子供、孫、ううんそれだけじゃない。伝えられる限りの人に、このことを知ってもらいたい。憶えていてもらいたい。だってそれが、あの時何も出来なかったあたしに、唯一出来ることなんだから・・・・・・)」
今朝と変わらぬ秋の風は、ただそっと吹いていた。
そしてこれからも・・・・・・ずっと。
「って」
ずっと。
「このまま終わる気かお前らあああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
大地をも揺るがすかなめの怒号が、辺り一面を振動させた。
「な、どうした千鳥? 何があった?」
「い、一体どうしたでありますか?」
「どうしたもこうしたもあるかボケえぇ! もう我慢ならんわあああぁぁ!!」
響く大地を踏み鳴らして、鬼神がいま、産声をあげた。その異様なまでの威圧感と存在感は、対峙しただけでも震えがくる。
宗介達は、ただ立っていることしかできなかった。
「あぁ~スッキリした。なんかこう、肩のコリがとれたみたいだわ」
一人元気な様子で、かなめがう~んと背伸びをしている。一方の宗介、郷田はと言うと、突然に舞い降りた謎の鬼神によって、ほぼ亡骸と相違ない状態にされていた。可能な限りの情報を収集したつもりだったのだが、鬼神の動きは、肉眼で捉えるにはあまりに疾過ぎた。唯一憶えていることと言えば、その鬼神の武器がハリセンだったことぐらいしかない。
「で、結局どうするわけ? その子猫。いくら小さいからって、そのままそこに放置していてもいつかバレるか、その内勝手にどっかいっちゃうかよ」
「そ、そんなこと言われても、ボ、ボクの家じゃ飼えませんよぉ。パパとママに、ダメって言われたから・・・・・・」
身体をモジモジを曲げながら、郷田は臆病に言った。どうやら、鬼神の降臨によって洗脳が解けたようである。
「(もう何もツッ込まないわよ。絶対に)」
そんな郷田を横目に、かなめは何かを決意したようだった。
「心配ない。策は案じてある。安心しろ」
「ほ、本当ですか?」
「ちょっとソースケ、まさかあんた自分の家で飼うつもりじゃないんでしょうねぇ、言っとくけどあのマンション動物禁止よ! それに学校側だって、教職員でアレルギーの人がいるからってガンコな態度なんだから」
かなめにずいずいと詰め寄られるが、宗介の顔は一転もせず、通常のままだった。腕組みをしたまま、続ける。ただ、頭の上に子猫を乗せているのが、格好よさを随分と削いでいたが。
「それは分かっている。俺が考えているのはもっとべつもの場所だ。それこそ、学校側など手が出せんところだ」
「へ? ソースケ、それって、まさか・・・・・・」
「郷田は愛を持ってしてこの子猫を救った。ならば今度は、俺達が勇気を持ってしてこの猫を助けるべきだ」
宗介のガッツポーズに反応してか、頭の上の子猫が、一度だけニャーと鳴いた。
続く