リセット ─新たな日々─ by ともやん
宗介が目覚めたのはベッドの上で、どことなく見覚えのある天井をしばらく眺めていた。
だが、その天井がどこの天井なのか、どうして見覚えがあるのか。
物覚えがいいはずなのにどうしても思い出す事が出来ない宗介は、ここがいったいどこで誰の部屋なのか調べる為に、横になっていたベッドからムクリと起き上がろうと体を動かした。
だが、その時、自分の隣に人の気配を感じ、起きることなく向きを変えそちらへ視線を向けた。
そこには誰かが宗介の方へと背を向け、眠っていた。
誰だ???
ぽっくりと頭まで布団をかぶり、誰だか見た目では分からない。
不審に思いつつ、宗介はそっと布団をめくりあげると顔を覗き込んだ。
するとそこには、居るはずのないかなめが気持ちよさそうに、寝息を立て眠っていた。
何かの間違いではないかと宗介はゆっくりと起き上がるともっとかなめに顔を近づけ確認する。
その寝顔を見つめ宗介は、忘れるわけがないかなめの顔に、ただ驚きを隠せないで居た。
だが、かなめが隣で寝ている事よりも、それ以上に宗介にはどうしてかなめと共にここに居るのかという事の方が驚きだった。
どうして、千鳥がここに居る???
いや、どうして俺は千鳥とここにいるんだ。
俺と千鳥がこんなところにこんな風にして一緒に居るわけがない、だって俺は……
今の状況が全く分からない。
宗介はひとつひとつ何かを思い出すように考え込んだ。
確かに宗介はかなめを助けるためにメリダ島へと向かったのだ。
そして、戦った。
戦ったはずだった。
なのに、今、宗介が目覚めたこの場所は明らかにメリダ島ではなく、どこかのマンションの一室だった。
何度見渡しても何度考えても、今居る場所はメリダ島でもなければどこかの戦場でもない。
戦いはどうなったんだ
俺は無事に千鳥を助け出したのか?
あれは、夢だったのか?
いや、そんなわけがない。
俺はまだ、必死に死に物狂いで戦っていた
確かに千鳥を助けるために俺は……
宗介は自分の利き腕を見つめると、手の平を、握っては閉じ、握っては閉じと、あの時の感触を思い出していた。
なのにどうしてだ???
自分の身に何が起こったのか、起こっているのか。
一瞬にして自分が居たはずの場所から、こんなところに居るわけがない。
頭を抱え、何度も何度も考え思い出そうとするが、どうしても今居るこの状況がどうして起こったのか思い出す事が出来ない。
だが、宗介はようやく、何かに気づく。
もう一度ベッドの上から部屋を見渡す。
どこにでもあるような部屋。
そこには必要最低限生活ができるであろう物が揃えられていた。
ベッドからかなめを起こさないように離れると、部屋の隅々を調べ上げた。
「やはり、覚えがある」
忘れるわけがない。
この部屋の事を忘れるわけがない。
かなめの護衛のために東京へやってきた。
そして、何度も何度も通い詰めた――
――そう、ここは、東京のかなめが住んでいたマンションだった。
今度、宗介はかなめを起こさない為に隣の部屋へと移動する。
やはり、置いてある家具などは覚えのないものばかりだが、部屋そのものは間違いなく宗介が知っている部屋だった。
だが、どうして今自分がこの部屋にかなめと一緒に居るんだ
そして、ここは本当に東京のあのマンションなのか?
宗介は目の前にある、カーテンをシャと勢い良く開ける。
そして、窓を開けると外を見渡した。
視界に飛び込んできた景色は、宗介がかなめを護衛するために過ごしていたあの頃と全く変わりのない風景だった。
あの時、かなめを取り戻すために壊してしまった建物さえもがそのまま壊れることなく残っている。
確かに離れていた期間がある。
それにしてもまったく同じように戻っているのはおかしくはないか?
なにが、どうなっている……?
宗介が頭を抱え込んでいると、背後でカタッと物音がしたのに気付き、宗介は振り向く。
そこには、長い髪を無造作に書きあげ、まっ白なTシャツだけを着たかなめが立っていた。
「千鳥……か?」
「見ての通りよ」
「起こしてしまったか?」
「違うわ、目が覚めたの」
「寝起きは……」
「大丈夫よ。久しぶりによく眠れたから」
「そ……そうか…………」
淡々と会話が繰り返される。
本当ならば、かなめを助け出し、抱きしめもう一度気持ちを伝え、キスをするはずだった。
だが、今は全くそういう状況ではなかった。
「宗介は……よく眠れた?」
「あ……あぁ…………」
「疲れは?」
云われてみれば……
「大丈夫だ。取れている」
「ケガは?」
ケガ……そういえば…………
「どこも痛くない。それに……」
「それに?」
宗介は自分の体の隅々を確認する。
かなり傷を負っていたはずなのに、体に傷がほとんど、いや、全くと云っていいほど残っていない。
「千鳥……俺の背中に傷はあるか?」
宗介は着ていたTシャツを脱ぎ棄て、かなめに背を向ける。
「何もないわよ」
云って、かなめはそっと宗介の背中に手を触れた。
かなめに触れられ、背中がゾクリとしびれ、一気に神経がかなめの触れた部分に集中した。
「ソースケ……」
「な……なんだ?」
「ケガ、全くしてないね」
「そう……みたいだな」
あれほど多かった傷が無に近いほどない。
「そっか……じゃ、あたしの願いは叶ったんだ」
願い?
「どう云う事だ」
宗介は振り向き、かなめと視線を重ねる。
すると、かなめは以前と全く変わらないふんわりと笑みを浮かべ宗介を見る。
先程、起きてきたときとは大違いだ。
「ソースケ。あたしの事覚えている? 出会った時の事からずっと……」
「何を云っている。もちろんだ。忘れるわけないだろう。はじめて会った日の事も、どうして俺が千鳥の前に現れたのかも、そして、どんなふうにこの東京で暮らしていた のかもすべて覚えている」
「そっか……よかった。じゃ、今居る状況はわかる?」
「あぁ、それは当たり前だ。はっきりとわかる。俺は今、千鳥が以前住んでいたマンションに居る。だが、どうして、俺達がが今ここに居るのか 全く分からん。俺は確かにメリダ島で千鳥を助けるために戦っていたんだ。なのに目覚めたらここに居て……どうしてなんだ? 千鳥 はその理由(わけ)を知っているのか?」
すると、かなめはそっと宗介の胸に腕をまわし、抱きしめた。
今この状況に居る理由を一番知っているのはこのかなめ自身なのだから。
「この状況を作り出したのはあたしよ。あたしが望んだ事なの」
かなめの言葉に宗介は驚く。
「どういう事だ?」
「それは、ソースケもわかっているでしょ?」
「もしかして……」
TAROSを使ったのか?
言葉には出さなかったが、宗介が何を云おうとしたのかかなめにはわかった。
「そう、そのもしかしてよ」
かなめはそっと宗介の胸から離れる。
「だけど、あたしはあたしの望んだ歴史に改変をしただけ」
「千鳥が望んだ???」
それはどういう……
宗介はじっとかなめの目を見た。
すると、かなめは云った。
「今、ソースケ自身に起こっている事は、あたしが望んで改変したすべて」
「だが、話が違う。もし、千鳥が歴史の改変をしたとすれば、今までの記憶は消えると、すべてなかったものになると俺は訊いていた」
「だから、あたしが望んだ事がこれなの。ソースケはあたしの事を忘れていない。ううん……」
かなめは小さく首を振る。
「あたしたちウィスパードと呼ばれていた者たちとソースケ以外は、あたしと関わった人たち、それだけじゃない。直接関わった事がない人たちもすべて、ある一つの事を除けばすべて覚えているわ。」
「それは――――――――――」
「ソースケももう気づいているでしょ?」
云われてソースケは自分の頬にあった傷口のあとに触れた。
そして、かなめも同じようにソースケの頬に触れる。
そこにはあの傷はない。
そして――――――――――
かなめは云った。
「ミスリルもアマルガムもこの世界には存在しない。TAROSもラムダ・ドライバもダ・ナンも。そして、あたしたちウイスパードの
力も」
あたしがないものにした。
今まで生きてきた時間と空間、出来事をすべてのこし、その部分をごっそり改変した。
その部分を取り除いて。
「だから、みんな知らない。今の世界が本当の世界。疑うことない、いままで生きてきた世界になっているわ」
「だが、俺は確かに覚えている」
「そう。ソースケには忘れずに覚えていて欲しかったから」
かなめは宗介の頬から手を放す。
「だから、ソースケは、これからは普通の学生として暮らせるの」
「俺はもう戦わなくても済むのか? 俺は兵隊だ。この手が数えきれないほどの人を殺した血で染まっている。それは隠しようのない事実
だ」
「だからよ。だから、ソースケには普通の生活に戻って欲しい。もちろん、あたしと一緒に」
「千鳥と一緒?」
「そうよ。あたしが望んだ世界。あるべき世界……にあたしが改変した。だけど、これからの世界はあたしとともに作っていって」
「いいのか? それで」
「いいから云っているのよ。だって、あたしはソースケの事忘れたくなかったよ。あたしはソースケが好きだからずっとそばに痛いから。 云ったよね。今度逢った時はちゃんと気持ちを伝えるって。だから、あたしはこの世界を選んだ。ソースケとずっと居られる世界。ううん、
……ソースケだけじゃなくてみんなと一緒に居られる世界」
その時、宗介の携帯が鳴った。
宗介はおポケットから取り出すとディスプレイに視線を向け驚いた。
そこには、もう、二度とかかってこないであろう、相手の名前『常盤恭子』と表示されていた。
確か、かなめを助けるために東京を離れる時、今まで利用していた携帯を解約した。
そして、すべてのつながりを断ったはずなのに……恭子の名前が記されている。
宗介が取るのを躊躇しているが携帯の着信音は遠慮なく響き渡る。
「……千鳥、これは……」
「いいから、出れば?」
「だが、俺は常盤と話す資格などない」
「そんな事云っている場合じゃないわよ」
早く出なさい!!
云われて宗介は通話ボタンを押した。
「はい」
宗介は恐る恐る返事をする。
「あ…相良くん??」
「あぁ」
「本当に相良くん」
「そうだ」
「良かったぁ~やっと繋がった。毎日毎日何度も何度もかけていたのに全然繋がらなくって」
それもそうだ。
本来であればこの番号はごく一部の人間しか知らない番号だ。
それに、常盤が知っているわけもない。
なのに、どうして知っている??
宗介は恭子に確認する。
「常盤、どうしてこの番号を知っている」
「なに、云ってんのよ~。相良くんが教えてくれたんだよ? かなちゃんとなかなか会えなかったらここに電話して欲しいって。なのに、ずっと電源切ってるんだもん」
俺がいつそんな事を?
「いつ云った?」
「いつって、ほんとにもう……。相良君が、強引に海外に連れ戻されたかなちゃんを迎えに行くからって。その前に、かなちゃんとは連絡を取れない可能性が高いからって」
「本当か?」
「本当だよ。なに云ってんだか~相良くん変だよ?」
受話器の向こうで恭子はクスクス笑った。
その笑い声が、かなめに聴こえていたのか、かなめはそっと宗介から携帯を取り上げた。
「恭子」
「かな……ちゃん?」
「うん。心配かけてごめんね」
「ううん、大丈夫」
云っている恭子の声がかすかに震えているのが電話越しに伝わってきた。
「もうどこにも行かないから」
「うん」
「明日からまた、一緒に勉強できるから」
「うん。待ってるね、かなちゃん」
「うん……」
そして、そのまま携帯を宗介へと渡した。
「もういいのか?」
と問う、宗介にかなめは微笑むと
「うん……これ以上話ししたらね……」
涙が止まらなくなっちゃうから。
本当の事を忘れていても、自身は覚えている。
つらい思いをさせたのは事実。
だから、今は落ち着くまで……
云って、かなめはその場を離れた。
「常盤」
「うん」
「明日、千鳥を学校へ連れて行く、それでいいんだな」
「うん。かなちゃんまだ、陣高の生徒だよ」
「あぁ、じゃ、明日な」
「うん」
宗介はそのまま通話を切った。
宗介はかなめが向かった方へと追うように歩き出す。
「千鳥?」
心配そうに声をかけると、かなめは涙をぬぐっていた。
「大丈夫か?」
「うん……大丈夫。ただね、うれしいなぁ……って。結局、この世界も私がリセットすることで作り上げた世界でしかなくて本当の世界でないかもしれない。今のなってはどれが本当でどれが嘘かなんて、作られたものだなんてわからない。でもね、あたしはここに戻ってこれて恭子達とまた一緒に過ごせる事が嬉しい。これで、いいんだよね?」
「あぁ……いいんだ」
そして、今度は宗介からかなめを抱きしめたのだった。
* * *
翌日、陣高へ着くと、門のところで恭子が待っていた。
「お帰り、かなちゃん」
「た……ただいま」
笑顔がつい、ひきつってしまうかなめだが
「あんまり、無茶して相良くんに心配かけちゃダメだからね」
「え……あたしがソースケに心配される立場なの!?」
「そうだよ~知らなかった?」
恭子の言葉で一気にいつもの笑顔に戻る。
「ね? 相良くん。かなちゃんの彼氏してると大変だよね?」
「え……彼氏? 誰が?」
「んもう! 相良くんに決まってるでしょ!」
「あ……あぁ…………」
これもはやり、千鳥が望んだ世界なのか?
思いながらも、早く早くと手を引かれ連れて行かれる、かなめの後を宗介は追いかけた。
教室にたどりつくと、一斉に注目を浴びた二人だったが
『おかえり! 千鳥、相良』
という、みんなの声に、かなめと宗介は満面の笑みを浮かべたのだった。
fin.
あとがき
最後まで読んでくださってありがとうございました。
まだ、この時点では下巻は発売されていないので、あくまでの私のこうあって欲しいなぁ~と思う
妄想がいっぱい詰まったSSです。
かなり久しぶりに書いた、そーかなでしたが、とても楽しく書く事が出来ました。
この場を与えてくださってありがとうございました。
ともやん