フルメタル・パニック! ~if~ いつかあの星の下で by 十六夜 賢(もち)
「はぁ……はぁ……はぁ……」
真っ暗闇の密林の中で、彼は焦っていた。
まさか自分の居る部隊が“アイツら”に襲われることになるとは思ってもみなかった。
いや。
可能性はあった。
しかし、その確率は一定だ。変動しない。
だからこそ、襲われたときはまさに運が無かったと嘆くしかない。
仲間内ではそのような笑い話で済ませていた。
そしてそのときが今、だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
右手のグリップを操作。
各種センサーを索敵モードへ移行。
しかし捉えることはできない。
「くそっ! どこだ……どこにいるっ!」
痺れを切らした彼は、機体―――ASの頭を回す。
光学センサーが捕らえた外の風景が目の前のモニタに映し出される。
目視でも敵の姿形を捕らえることはムリだろう。
しかし、何かせずには居られない。
『こちらガルム4! 見えない敵に襲われている! 5がやられた! 救援を請う! 繰り返す! 見えない敵に襲われている! 救援を……』
入った無線の声が途切れた。
何か硬いものが引き裂かれるような音と、どこの言葉か判別できない悲鳴が聞こえたような気がするが、それを気にする余裕が彼には無い。
次に襲われるのが自分の可能性が高いからだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
呼吸を落ち着けることができない。
指先が震える。
目だけがキョロキョロと、モニター上に開かれた表示枠と光学センサーの映像を行ったり来たりし続け……不自然に10m先の木の枝が揺れたように見えた。
「そこかぁ!」
彼はグリップについているトリガーを引いた。
彼の操作を受け、人型兵器が動いた。
逆三角形の寸胴な体が、標的に体の正面を向けた。
両手で構えたアサルトライフルが火を噴く。
発砲。
ロックした木に向って吐き出された32ミリ砲弾が、目標を粉々に吹き飛ばす。
「ちぃっ!」
そう。
吹き飛ばしたのは木だけだ。
「くそぉ! どこだぁ!!」
極度の緊張に晒されていた彼に限界が訪れた。
機体を操り、様々な方向へ銃を乱射する。
アサルトライフルから連続して銃弾が吐き出され、地面を、葉を、岩を手当たり次第に破壊していく。
数十秒続いたそれも終わりが来た。
弾が尽きたのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
なんだ、俺の周りには居ないのか?
俺はノーマークなのか?
そんな些細な安堵感を裏切るように、
『さようなら』
彼を“おくる”声は、外部スピーカーを通じた女の声。
そして、彼が生きているうちに聞いた最期の声でもあった。
「“ウルズ7”より、HQ。3機目を仕留めたわ。状況はどう?」
3機目のRk─96を仕留めた彼女が戦況をHQに確認する。
『こちらHQ。敵基地の制圧は完了。人質も無事だ。残存勢力はAS機のみだ。制圧も時間の問題だろう』
「ウルズ7了解。残りのASを追ってるのはリチャードとレイよね?」
『あぁ。その通りだが……』
「了解。こちらはウルズ1と8の援護に向う。以上」
『なに? 待て! ウルズセ……』
ブチっと通信を切る。
「ジェームズ、ウルズ1と8の居場所は?」
〈一―○五―六十一にウルズ1。四―三十一―二にウルズ8。ここからなら最高速度で5分弱で到達できます、マム〉
簡潔に答えるAIの言葉に、彼女は顔をしかめ、
「……あのねぇ、ジェームズ。何度も言うように、その“マム”って言うのやめて欲しいんだけど。まだ子持ちじゃないんだし」
〈いえ。それはできません。あなたは私の生みの親の一人でもある。それに“父”からあなたのことはそう呼べと言われていますので〉
彼女は大きくため息をつき、視線をモニターから逸らしながら。
「……あのクソAI。余計なことばっかり“息子”に教えてるんじゃないわよ」
〈……わかりました。ではいくつか候補を挙げますので選択してください。スタンダートにお母さん、ママ、母様、母上、マミー……〉
ボソっと呟いた彼女に、矢継ぎ早にAIが返答していく。
「あーもー! わかったわよ! マムでよし! あたしが悪ぅございました! さっさと援護に行くわよ!」
〈援護という名の狩りですね。アイ、マム〉
「いつか、あんたの脳みそ格納ボックスに温くなって炭酸の抜けたドクターペッパーを流し込んで、ゆっくり味あわせてやるわ」
〈イエス、マム。味覚ユニットの開発をお願いします〉
「……ミラにでも頼めば」
〈アイ、マム。第3夫人に提案しておきます〉
何か言い返したかったが、これ以上喋ると援護の時間が無くなる。
それにまた皮肉を返されるだけだろう。
(……この怒りは帰ってアイツにぶつけよう、そうしよう)
頭の中で結論付け、引きつる口元を放置したまま、彼女は機体を操作し、ウルズ9と10の援護へと向った。
『こちらHQ、ウルズ1、8聞こえるか?』
「こちらウルズ1。聞こえている。どうしたベン?」
彼の名前はリチャードと言った。
純フランス人で年齢は39歳。
元フランス外人部隊の出身で2年前にこの西太平洋戦隊へと配属された。
ASの操縦の腕もベテランの域である。
田舎で妻の実家の農業を手伝っていたが、今現在の彼が所属する部隊の司令官の執拗なスカウトに折れ、SRT要員としてウルズのナンバーを与えられた。
がっしりした190cmの大男だが、愛犬のチワワと3人の娘にはデレデレなマイホームパパだ。
『……ウルズ7がそちらの援護に向った。気をつけてくれ』
「……了解。レイ! 聞こえたな! 彼女が来る!」
『ウルズ8了解。……ちなみに今、彼女に敵ASの居場所の観測データを送るようにせっつかれてる』
澄んだ女性の声が簡潔に状態を伝えた。
彼女はレイ。オーストリア出身。
金髪で碧眼の端正な顔をした美人だ。
物静かで、何を考えているか分からない不思議な女性だが、3つ年上の兄のことを話し出すと3時間は口が止まらなくなる。
「……はぁ」
『……はぁ』
リチャードとHQが同時にため息をついた。
『こちらHQ。送信を許可する。二人とも基地まで帰還しろ。人質を輸送するための輸送機の護衛に付いてくれ』
「ウルズ1、了解」
『ウルズ8、了解』
通信を終え、リチャードは機体を南南東へ向ける。
「さて。行くか」
気を取り直すように、一人ゴちる。
『追伸。今、彼女が私の頭の上を跳び越していった。ピースサインと敬礼を残して』
律儀に録画しておいたのか、その映像がウルズ8の機体から送られ、モニター内のサインフレームに表示された。
「……彼女にも困ったものだ。しかし、彼女に任せれば安心だ、というのが俺の意見でもある」
『それには激しく同意。略して激同』
「意味不明な略し方をするな。これだから最近の若者は……」
『お先に』
短く告げてウルズ8は通信を切る。
「……ふん!」
不満を鼻から噴出し、リチャードはM10を移動させる。
「まったくなっとらん! ……そう思いまちゅよねー、エリスたん?」
モニター端に貼り付けられた、チワワの写真を見て、リチャードはデレっと頬を緩めた。
闇の中をそのASは疾走していた。
真っ白に塗装された中世の騎士の甲冑のような……流麗、それでいて女性的な繊細なフォルムを持つ機体。
それが彼女の操るAS―――〈クラウソラス〉である。
〈熱源センサーに感。エネルギー量を計測……敵AS2機と確定。距離北北西2200。敵はこちらに気づいた様子はありません〉
「当然ね。ECS解除。並びにラムダドライバ起動準備」
〈アイ、マム。ECS解除。ラムダドライバ起動準備にかかります〉
敵AS2機は、先ほどから倒してきたRk─96だ。
しかし、全方位を警戒するためか、お互いに背中を合わせながら、ゆっくりと進んでいる。
「さて。ショウタイムよ!」
そう言って、彼女は機体を大きく跳躍させた。
真下には敵AS。
月の光を浴びて、その純白の装甲が光り輝いた。
〈クラウソラス〉に気づいた敵機が両手で持ったアサルトライフルをこちらに向ける。
〈敵機の攻撃レーダー照準を感知。撃ってきます〉
「そんな豆鉄砲、屁でもないわ」
彼女はそう言いながら、堅固な防壁を機体の前方へ、強くイメージする。
敵機が発砲。
しかし、迫った弾丸はクラウソラスの目の前ですべて弾け飛ぶ。
〈ラムダドライバの起動を確認。損傷0〉
「今度はこっちの番!」
〈クラウソラス〉が左手に装備した盾を、敵機へと向ける。
その先端部分から、内蔵された30mm機関砲が砲身を覗かせた。
発砲。
敵AS2機の装備するアサルトライフルがスナイプされ、粉々に砕け散った。
たたらを踏んだ敵機がよろめき、後退する。
その隙を、〈クラウソラス〉を着地させた彼女は見逃さなかった。
敵機の眼前へと踏み込み、右手の腕部装甲から飛び出した単分子カッターを一閃。
Rk─96の左腕が切り取られ、夜空に舞う。
しかし、敵機もやられるだけではない。
〈警報。3時方向です〉
ジェームズが淡々と告げる。
五体満足なもう1機が、腰部のハードポイントからHEATハンマーを抜き放ち、〈クラウソラス〉へ向けて振り下ろす。
〈クラウソラス〉は腕を切り落とした敵機を蹴り飛ばし、HEATハンマーを防御するように盾を真上に構える。
衝撃。
炸裂。
しかし、〈クラウソラス〉にダメージを受けた様子はない。
盾で防御する行為と共に、ラムダドライバが展開していた。
「残念、ね!」
盾に内臓された30mm機関砲がもう一度せり出し、斉射。
綺麗にRk─96の頭部のみを吹き飛ばした。
〈警報。6時方向。真後ろです〉
「見え見えよ!」
彼女は〈クラウソラス〉の右膝を折って沈み込ませながら、背中に装備した大型の長物に右手を伸ばした。
袈裟懸けに〈クラウソラス〉を切り刻もうとしたRk─96の単分子カッターの刃が、少しだけ引き抜かれた長物の刃にせき止められ火花が散った。
〈クラウソラス〉は背中からRk─96へと体当たりをかます。
体制を崩されたRk─96が〈クラウソラス〉から数歩後退した。
その隙に体を回転させながら立ち上がり、〈クラウソラス〉は獲物を引き抜き、敵機と対峙する。
およそ5mほどのその長物は、先端部分に向かうにつれ幅が広くなっていた。
厚みがあり、よくみるとそれは何層かの板が積み重なったように出来ている。
「これで、仕舞いよ!」
〈クラウソラス〉が振りかぶった長物―――鉄扇〈芭蕉扇〉は、敵機の脳天に直撃し、最強の突込みを見舞ったのだった。
人質を救出した部隊を無事に見送った後、コールサイン
“ウルズ”小隊は、輸送ヘリに乗り無事に母艦へ帰還した。
「ふぅ……」
〈クラウソラス〉のマスター・ルームから出てきた彼女―――千鳥かなめは、ヘッドセットを脱ぎその綺麗な長髪を顕にした。
「ウルズ7! どこだ! 千鳥かなめ!」
「……げ」
声がする方を見ると、伸ばした黒髪を後頭部で縛り、薄いあごひげを蓄えた黒人の男が肩を怒らせて、階段を下りてくるところであった。
「あれはキレてるな」
「……自業自得」
いつの間に寄ってきたのか。かなめの両隣には筋骨隆々の大男と、金髪碧眼の少女が立っていた。
それぞれが感想を言いつつ、かなめの両腕をしっかり腕で抱く。
「ちょ、ちょっと離して! これじゃ逃げられ…」
「! そこにいたか。レイ、リチャードそいつを離すなよ!」
『サー、イエッサー』
かなめを見つけた黒人―――ベルファンガン・クルーゾー少佐がズンズンとこちらに向かってくる。
「……えっと、どもー、クルーゾーさん」
こめかみに冷や汗をかきながら、軽く挨拶するかなめ。
「……少佐をつけろ軍曹」
「はっ。クルーゾー少佐殿」
唇が引きつっているクルーゾーの表情をなるべく見ないように、上を向き高々と声を上げる。
「なぜ命令を無視した?」
「え、えーっと。あたしが行った方が早く仕事が終わると思って……つい」
「ふむ。確かにそうかもしれんな。君の機体は特別製だ。それに、ここに配備されて2ヶ月たらずの実験機には様々な戦闘データの収集も必要だろう。しかし、だ……」
かなめの言い訳を先に述べつつ、クルーゾーは一瞬目を閉じる。
(あ。くるなー、雷)
かなめはそう思ったが、今は両腕をレイとリチャードに抱かれている状態。
これでは耳を塞ぐ事などできず、
「貴様の勝手な行動が、部隊全体を危険に晒す事になりかねんのだぞ!! 分かっているのか!!!」
――っきーん……――
かなめの耳をクルーゾーの怒鳴り声が直撃した。
目を閉じたものの、それはまったく何の意味もない。
そして良く見ると、両腕の拘束は解かれており、リチャードとレイの二人はきちんと両耳を塞いでいたりする。
(こ、こいつら……)
ジトっとした目で二人を交互に睨むが、二人ともまったく顔色を変える様子は無い。
「そもそも貴様は毎回毎回……」
「いったい何の騒ぎです?」
説教を始めようとしたクルーゾーを遮る様に横から声がかかった。
その瞬間説教を取り止め、クルリと声のした方を向き敬礼をするクルーゾー。
「はっ。大佐殿。ウルズ7の自己中心的戦術に対して説教をしようと……」
「少佐。〈クラウソラス〉の実戦データを取るのは現状、最優先する事項の一つです。これが成功すれば私たちもラムダ・ドライバ搭載型ASの量産にかかれるのですよ?」
アッシュブロンドの長髪は三つ編みに。そして、大きく綺麗な灰色の瞳。
大佐殿と呼ばれた少女―――テレサ・テスタロッサは、両手を腰に添えジト目でクルーゾーを睨んだ。
「……はい。それは十分承知の上ですが。このまま彼女の自由にさせていたら隊に示しが……」
「ウルズ1、8。あなたたちの意見は?」
クルーゾーからかなめの両サイドに立っている二人に意見を求めると、
「少佐の意見はもっともです、サー。しかし、現在、優先すべき事項は大佐のおっしゃる通りだと思います、サー」
「私としては、楽できて、なおかつ給料はそのままなのでむしろ歓迎」
「貴様ら……」
クルーゾーの怒りボルテージが上昇する。
「……わかりました。では、私直々に千鳥かなめ軍曹に言って聞かせます。彼女をお借りしますがよろしいですか?」
「い、いえ。大佐の手を煩わすことでは……」
「い・い・で・す・ね・?」
「……肯定です」
ふぅ、と息を吐いて自分自身を落ち着かせようとするクルーゾーがギロリと、沈黙したままのかなめに目を向けたがすぐに、
「リチャード、レイ! 一緒に来い! ブリーフィングルームだ! 反省会を行う!」
『サー、イエッサー』
二人の返事を待たずにテッサに一礼をすると、クルーゾーはその場を立ち去った。
「ではな、かなめ。こちらのご機嫌取りは任せておけ」
「同意」
「え?」
レイとリチャードの二人はポンポンとかなめの両肩を叩くと、クルーゾーに従い、その場を後にした。
「さ。かなめさん、時間がありませんよ? 早く行きましょう」
「え? なに? どういうこと?」
テッサにグイグイと肩を押され、移動させられるかなめ。
「約束、破ってきたんでしょう? せめてパーティーに間に合うように帰らないと、いつかうちの部隊がどっかのむっつり彼氏様に壊滅させられてしまいます」
「……なに? 知ってたの?」
「直接、彼から連絡が来ました。遠回しの文句をオブラード3枚重ねに包んで30分ほどえんえんと喋り倒してくれましたよ?」
「まったく、あいつわ……」
かなめはやれやれと呟く。
しかし、口元は笑ったままだ。
二人は小走りに通路を進む。
「主賓は私たち3人ですよ? ミラなんてもう待ちくたびれて拗ねゲージがMAXになっているかもしれません」
「あー。かもねぇ。平和そうな顔してるくせに気だけは短いんだから」
「えぇ、ですから急い……きゃっ」
――べたーん――
話に夢中になっていたのか。
いや。
なっていろうとなかろうと、彼女は何も無いところで、よくすっ転ぶ。
「……あんたもまったく成長しないわね、そういうところ。いつか打ち所悪くて、大怪我しても知らないわよ?」
前のめりに見事にダイブしたテッサに腕を差し出しながら、かなめが言う。
「……もう、諦めました。こういう星の元に生まれたんですきっと」
涙目になりながらかなめの手を取り、よろよろと立ち上がるテッサがぼやく。
「まぁ、“そういう”のがいいって人もいるみたいだから。きっと大丈夫よ、テッサ」
「……早くそういう人が現れるのを神様に祈らせてもらいます。よよよ」
落ち込むテッサを適当に励ましながら、かなめは滑走路へ急ぐ。
むっつりとへの字に口を曲げたまま「遅い」と短く文句を垂れるアイツの顔を想像しながら、かなめは帰路に付く。
テッサの予想通り、帰りのヘリの中でミラの愚痴をえんえんと聞かされ、かなめとテッサの二人は仮眠を取る時間を無くしたのだった。
――舞台裏――
「……疲れた。やはりこういう仕事は好かん」
「いやぁ、ベン。中々の演技だったぞ」
「同意。全米が泣いた」
「そ、そうか?」
「あぁ。ハリウッドも夢じゃない」
「今すぐ転職をお勧めする」
「ふむ。考えてみるか……」
『え?』
「え?」
『なにそれこわい』
「……貴様らー!!」
――舞台裏終了――
場所は変わって東京。
街はクリスマス一色。
昨日降った雪が所々に積もり、電飾の光にキラキラと輝いていた。
かなめ、テッサ、ミラの3人は輸送へリを降り、適当な場所でタクシーを拾うとある場所へ向かった。
「どもー、お釣りは取っといて」
降りるときに1万円札を渡すと、タクシーの運ちゃんはニコニコ笑顔の揉み手で去っていった。
3人が降り立った場所は東京の住宅街にある一軒屋。
ログハウス風のシックな建物には「Manannan Mac Lir――マナナン・マクリール」と書いてある。
入り口近くにある「トクナガコーヒー」の看板が、この場所が喫茶店であることを示していた。
普段メニュー等が書かれている据え置きの黒板には今は「貸切」の文字。
それにかまわず、かなめはドアノブへと手をかけた。
――カラン、カラン――
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
ドアベルを鳴らしながら、店内に入ってきたかなめ達を童顔の女性が迎えた。
カウンター内に立ち、エプロンをつけた女性が拭いていた皿を置きながらかなめに手を振る。
「ごめんね、恭子。店番頼んじゃって」
「ううん。気にしないでかなちゃん。これでも結構楽しんでやってるんだよ? あ、テッサちゃんも未良ちゃんも久しぶり~」
童顔の女性――常盤恭子がテッサとミラにも声をかける。
「お久しぶりです、恭子さん」
「同じく。元気してましたか?」
カウンターへ付くテッサとミラを横目で見つつ、かなめは店の奥に入っていく。
そう。
この喫茶店、マナナーン・マクリールはかなめと“もう一人”が経営している。
自宅も兼用しているこの店には、様々な秘密が施されているのだが、それはまた別の話。
階段を上がって2階へ。
アイツが居るであろう部屋のドアの前へ。
「……すーーーー、ふぅぅぅぅぅぅ」
大きく深呼吸。
今から、かなめは謝らなければならない。
その緊張を解す為、大きく深呼吸した。
頬をグリグリと両手で挟んで揉み、にっと笑顔を作ると、
「……うし」
と気合を入れ、勢い良くドアノブを回した。
「ソースケー、ごめーん遅くなっ…………あれ?」
入った部屋は薄暗かった。
入り口近くの電灯のスイッチを入れる。
質素な机に、パイプベッド。
大き目のコルクボードに貼り付けられた多くの写真が、この部屋の主の真の心を表していた。
「どこいったんだろ、あいつ……」
ドアを閉めて、もう一度1階の喫茶スペースへ。
「ねぇ、恭子。あいつは?」
テッサとミラと談笑していた恭子に、かなめは問う。
「えーっとね。難しい顔して出かけたよー。「少々出てくる」って言ったままもうすぐ5時間くらい経つけどね」
「……ったく。子供なんだから、もう」
顔に手を当てて、溜息をつくかなめ。
「そこが可愛いんじゃない。ね、テッサ?」
「まったくです。分かっていませんね、かなめさん」
ミラが問い、テッサが追い討ちをかける。
「分かってるってば! ちょ、ちょっと呆れただけでしょ?」
「素直じゃないなー、かなちゃんも」
「恭子まで……」
そう言いながらもかなめは笑顔だ。
〈ミズ、チドリ。軍曹の居場所には心当たりがあります。私が案内しましょう〉
店内に流れるBGMのスピーカーから低めの男性の声が紡ぎだされた。
「大丈夫よ、アル。あたしにもわかってるから」
〈了解。では、私を“アッシー”として使ってください〉
「いや。流石にあんたに乗って行くわけには……」
〈問題ありません。“分身”の方ですから〉
「あぁ。なるほど。了解。それじゃ、発進を許可するわ」
〈了解。感謝します〉
そんなやり取りの後、店の地下から何かがせり上がって来る低い音が店内へと響いてくる。
「それじゃ、ご機嫌取りに行ってくるわね」
「はい。準備は私達にお任せください」
言いながら、テッサがエプロンをつけ始める。
「それじゃ、私は飾りつけを担当しようかしら」
ミラも腕まくりを始める。
「いってらっしゃい、かなちゃん」
3人に手を振って、かなめは店の裏手へ。
普段は駐車場になっているその場所の地面がゆっくりと割れていく。
まるでどこかの秘密基地だ。
下を覗くと、暗闇に坂道が続いており、そこから1台の車がゆっくりと走ってきた。
〈お待たせしました。では行きましょう〉
その車の外部スピーカーから、先ほどの店内で聞こえた男の声が発せられる。
車種はMAZDA、RX─8。
ただし、このRX─8は市販の物ではない。
このRX─8のロータリーエンジンはガス燃料でうごく特別製であり、ハイドロジェンREと呼ばれる水素とガソリンを切り替えて使えるようになった水素ロータリーエンジンの技術を発展させたものだ。
地球に優しいエコカーでもある。
もちろんそれ以外にも、ボンドカーも真っ青な各種装備が搭載されていたりもする。
「お願いね、アル」
〈イエス、マム〉
自動的に運転席のドアが開く。
かなめが乗り込み、シートベルトを締めると、開いたとき同様にドアが閉められた。
RX─8がゆっくりと走り出す。
「……そういえばアル。あんたジェームズにまでその“マム”って言うの強制させたわね?」
〈……何のことか分かりません。ミズ・チドリ〉
「今更、呼び方戻しても無駄よ。ネタは上がってるんだから」
〈任務お疲れ様です。サー。紅茶でもいかがでしょう。実は、おいしいアールグレイの淹れ方に最近凝ってまし……〉
「言い訳無用。今度ミラに頼んで、味覚ユニット作ってもらうから覚悟しておきなさい。とんでもなく不味い物味合わせてやるから」
〈……了解〉
してやったり、な顔をしてかなめは腕を組み、運転はアルに任せ、日頃のジェームズに対するうっぷんをガンガンと“父親”へ愚痴っていった。
夕暮れ時の河川敷にその男は居た。
引き締まったむっつり顔にへの字口。
顎の近くにある頬の傷が特徴的な比較的ハンサムな男。
それが彼――相良宗介である。
小さめの折りたたみ椅子に腰をかけている宗介の手には釣竿が握られている。
しかし、椅子の横に置いてある水の張ったバケツの中に魚の姿は無い。
「……釣れん」
何度目かの同じ呟きを漏らす。
彼は暇だった。
いや。
“暇になった”というのが正しい。
元々、今日の午前中は彼女と出かける約束をしていた。
前々から、本日――十二月二十四日にパーティーをする約束はあったのだが、そのパーティーの前に二人でデートをしようと彼から誘った。
彼女は酷く驚いた顔をした後、顔を真っ赤に染めながらもうんと頷いてくれたのだった。
「……」
それが1週間ほど前の話。
そして今朝、その計画は彼女へ来た一本の無線によって脆くも崩れ去ったのだ。
なんとも情けない。
今日は十八時から彼女――彼女らの誕生パーティーがあるというのに、自分はその準備も手伝わずにこんなところで釣りをしている。
これでは、不貞腐れているのと同じではないか…。
「……なるほど。千鳥も昔は、こんな気持ちだったのだろうか」
それは3年ほど前。
彼女と会ったばかりの時。
自分はミスリルという特殊な傭兵部隊に居て。
しかし、彼女と同じように高校生活もこなすという2足の草鞋を履いていた。
そのミスリルからの呼び出しで、自分はしばしば学校を休み、時には早退した。
正直に言えば、彼女との約束も何度もすっぽかした。
その時、彼女は、きっと今の自分と同じ気持ちで……。
「……いかん」
またこの得も知らぬ負の感情に支配されている。
自分の“代わり”に彼女が戦場に向かうと言った時から分かっていたことじゃないか。
こんな後悔をするのなら、なぜあの時自分は死ぬ気で彼女を止めなかった。
もしかしたら、今この瞬間、敵の攻撃で彼女が死んでいる可能性だってあるというのに。
「なんて顔してるの?」
「え?」
突然掛けられた声に、振り向くとそこにはなんとも言えない顔をした彼女――千鳥かなめが立っていた。
「まったく。ほらほら、竿。引いてるじゃない」
「あ、あぁ……」
急いで竿を立て、リールを巻き上げる。
釣れたのは小さなフナだった。
しかし、今日初の収穫である。
「……早かったな」
「もちろん。急いで仕事片付けてすっ飛んできたのよ」
針からフナを外し、バケツの中へ。
そのフナを見るためか、かなめがバケツの近くへとしゃがみこんだ。
「きっと、どっかの仏頂面が寂しくて泣いてるんじゃないかと思って」
「俺は泣いてなどいない」
少しむっとした宗介が、針に餌をつけ竿を放る。
かなめはその行為を観察した後、フフっと笑い、視線を水面へと投げた。
夕日が川面を照らし、キラキラと輝いている。
「……あたしは泣いてたわ。あんたが居ないときに、ね」
「むぅ……」
視線も、表情も変えずに言うかなめ。
宗介のこめかみに汗が浮かぶ。
「そのときのあたしの気持ち、よくわかった?」
「……あぁ。嫌になるぐらいにな」
千鳥かなめが、〈ミスリル〉――今は〈オリハルコン〉と名を変えた傭兵部隊に参加志願をしたのはあの事件が終わってすぐだった。
もちろん、周囲は猛反対したがそれでも彼女の意思が変わることはなかった。
彼女は、今まで培った自分のウィスパードとしての知識を条件に、自分を鍛え上げてくれるよう申し出たのだ。
当時、〈ミスリル〉の戦力はガタガタ状態で猫の手も借りたい状態だった。
そして、ウィスパードである彼女の豊富な知識は、これからの〈ミスリル〉の建て直し、果ては技術の発展にどうしても必要なものでもあった。
まず最初に、彼女の願いを認めたのはテッサだった。
次にマオが、クルツが折れ、終にはあのマデューカスですら折れてしまったのだ。
あの時の絶望感を、宗介は一生忘れないだろう。
最終的に反対派で残ったのは、もちろん宗介であった。
言葉での論破が出来ないことを悟ると、彼は強行手段に出た。
かなめが入隊する日、レーバテインに乗り込んだ彼は、かなめを迎えに来ていたトゥアハー・デ・ダナンを内部から沈めると言い出したのだ。
すでに乗艦していたかなめ。
しかし、慌てふためく乗組員をよそに、決着はあっさり付いたのだった。
「ばかね、あんた。今この艦沈めたらあたしも余裕で死ぬわよ? いいの? それで?」
両手を挙げた宗介が、レーバテインから這い出てくるのにそう長い時間はかからなかった。
それから彼は名誉隊員扱いとなり、報奨金をたんまりと貰った後、かなめと共に高校生に復帰。
高校を卒業後、かなめと相談し、あの自宅兼喫茶店を建てたのだ。
喫茶店にしたのは、かなめの要望だった。
確かに高校は卒業したが、宗介の世間知らずは簡単に直るものではなかった。
ならば、接客業が……とりわけ自分の責任になる自営業がいいと言い出し、さらに宗介の苦手そうな飲食業と相成った。
今の宗介の肩書きは、喫茶店のオーナー兼、オリハルコン名誉隊員(向こうからお呼びがかからない限り戦闘員としての出撃は無い)という役職である。
その代わり、高校生をしつつオリハルコンの隊員として働く決意をしたかなめは、血反吐を吐くような訓練の日々に明け暮れたのである。
そして2年半という驚きの最短時間でSRTの一員となったかなめは、皮肉にも宗介と同じコールサインであるウルズ7を与えられ、今では作戦に従事するまでになったのだ。
「まぁ、でも。あたしも色々と分かったわ。ソースケにいくら口で説明されても、自分には縁遠いこともあって、理解できないことの方が多かったから」
「そうか」
なるほど。確かにその通りだ。
人間、その事象に直面しない限り、様々なことを理解するのは難しい。
お互いがお互いの状態になったことによって、初めてそれまでの相手のことを理解できたのではないだろうか。
「……んっ! よしっ! 辛気臭い話し終わり!」
「……怒らないのか?」
突然立ち上がり、伸びをした後、そう宣言したかなめに宗介は控えめに訪ねる。
「うん。怒らない。怒らなくても十分反省してるんでしょ?」
「……悔しいが肯定だ」
「ならよし。……でね? ソースケ……」
宗介の名前を呼んだかなめが、口篭る。
もう一度口を開こうとして止め、宗介から目を逸らし、頬をポリポリと掻き、また言い出そうとして、今度はなぜか悲しそうな顔になったり。
いわゆる百面相だ。
いつだったか、自分もかなめから「百面相してるんじゃないわよ」と突っ込まれたことがあったなと思いながらも宗介は訪ねずにはいられなかった。
「なんだ? 千鳥」
「あー。うん。その、えっと、さ……」
そう言ってから、やはり口篭り顔を伏せるかなめ。
しかし、意を決したのか伏せた顔を上げるとそこには満面の笑みがあった。
「あのね。ソースケにクリスマスプレゼントがあるの」
「そうか。それは……ありがたい。非常に……嬉しい」
自分自身が答えられる最上の感謝の言葉を考え、かなめに送る。
「そう。よかった。それじゃ、はい。これ……」
かなめが仰々しく両手でハガキほどの大きさの物を宗介に渡す。
「あぁ。ありがとう。開けてもいいか?」
「う、うん。どぞ……」
きちんと包装されたそれを受け取った宗介が、かなめに断り、丁寧にその包装を解いていった。
中から現れたのは小冊子。
なんの小冊子か確認するために、彼は裏になっていたそれを表へとひっくり返した。
その瞬間、今まで真っ赤な顔で宗介の行動を見守っていたかなめがすっと目を逸らした。
「これはなんと書いて…………なっ!?」
宗介はそこに書いてあった文字を読んで、自分でも驚くほどの大きな声を上げた。
今度はその小冊子を両手できちんと掴んで目の前で凝視してみたり、遠くに離して見たりするが、それでそこに書いてある内容が変わるわけではない。
「母子……手帳……。千鳥、君は……」
「うん。その……そういうことです。はい……」
恥ずかしさのボルテージが最高潮に達したかなめが顔を伏せ、消え入りそうな声で宗介の疑問に答えた。
「なんという、ことだ……」
「う……」
宗介の声に顔を伏せたままのかなめが唸った。
やはり、不味かっただろうか。
けど、嬉しかったのだ。
宗介の子供を自分が授かったことが。
どうしようもなく嬉しかった。
でももし、宗介が嫌だといったら?
子供なんていらないと言ったら。
どうしよう……。
かなめの頭の中が不安で一杯になり、さっきまで真っ赤だった顔からさーっと血の気が引いていった。
「君は、本当に……。なんというタイミングで……」
え? タイミング?
今じゃ不味かったってこと?
そんなこと言われても、今日この日に言うってちょっと前に決めたんだし。
どうせなら記念になる自分の誕生日に打ち明けたくて、ずっと黙っていたのに。
「千鳥……いや、かなめ。顔を上げてくれ」
そう言われたが、かなめは顔を上げるのが怖かった。
今、宗介はどんな顔をしてるんだろう?
すごく痛ましく、自分を哀れむような顔?
それとも、なんてことをしてくれたんだと怒っている?
しかし、どちらにしてもこのままで居るわけには行かない。
かなめは勇気を振り絞って、顔を上げた。
「そーす、け?」
彼は笑顔だった。
それも心からの優しい笑顔だったのだ。
「先を越されてしまった。君は本当に俺を驚かす天才だな」
彼は笑いながら、ズボンのポケットから小さな箱を取り出した。
「見てくれは悪いが、一応自分で作った。受け取って欲しい」
そして、その箱をカパっと開けた。
「え?」
そこには、シルバーリングに12月の誕生石であるターコイズ、ラピスラズリ、ジルコン、タンザナイトの4つの宝石が埋め込まれていた。
宗介が手作りした渾身の作品である。
「俺と、結婚してくれ、かなめ」
まっすぐかなめの目を見て。
宗介は告白した。
その瞬間、かなめの両目からボロボロと涙が零れ落ちる。
「か、かなめ? どうした? 大丈夫……」
「ばか! もう! ほんとに! バカバカバカバカ!!」
ポカポカと泣きながら宗介の胸を叩くかなめ。
宗介はどうすればいいのかわからずオロオロとするばかりであったが、しばらくして。
「でも……最高に大好き!」
「む……ぅ……」
そう宣言し、かなめは宗介に抱きついた。
そしてそのまま、宗介の首に腕を回し、唇を重ねる。
『……………………んっ』
どのくらいそうしていただろうか。
熱烈に口内を舐りに舐り尽くした二人が、ゆっくりと唇を離した。
「ソースケ」
「なんだ? かなめ」
二人は唇は離したが、お互いを離すことはしなかった。
かなめは宗介の首に手を回したまま、宗介はかなめの腰を両手で抱いたまま。
「止まれそうにないかも……」
視線をまったく外さずに、かなめは言う。
宗介の返答はもちろん。
「問題ない。俺もだ」
そして次の口付けは先ほどよりも長く激しく。
〈私は時間を潰してきます。……ごゆっくり〉
土手の上に停車していたRX─8の外部スピーカーから発せられた大きめのアルの声は、二人の耳に届いたのだろうか?
〈……このバカップルどもめ〉
小さく呟いたアルの声は、今度こそ誰に聞かれることもなく。
RX─8はゆっくりと前進し始めたのだった。
河川敷での出来事からきっかり2時間経っていた。
かなめと宗介がクタクタに満足した時、彼らはこの後に予定されていた誕生パーティーを思い出したのである。
急いで帰ろうと、RX─8――アルを探したが見当たらず、間違いなく放置されたことを悟ったかなめが地団駄を踏んだが、宗介に宥められこうして徒歩で帰宅と相成ったのである。
今まで感じたことの無い緊張感に苛まれ、二人は同時につばを飲み込む。
そして、かなめがドアノブに手を掛け、宗介に「行くわよ」と目配せすると、「了解」と宗介が無言で頷いた。
「えーっと……ただいま帰りましたー」
「……む」
なるべくドアベルを鳴らさないようにゆっくりとドアを開いたかなめ達であったが。
『遅い!!』
とその場に居る全員に怒鳴られたのは言うまでも無い。
彼らのほとんどがすでに“出来上がっている”状態であった。
今日は、かなめ、テッサ、ミラの20歳の誕生日なのである。
お酒は20歳を過ぎてから。
それが解禁された記念すべき日でもある。
すでに、20歳を過ぎていたものがほとんどである出席者は飲めや歌えやの大宴会になっていたのだ。
「まったく。いくらお二人が恋人同士でも、やっていい時と悪い時があります! 今日はかなめさんだけの誕生日会ではないのですよ? 分かってますか? サガラさん!」
「はっ。恐縮です、大佐殿……」
「あー、また大佐殿って言った。言いましたね? 言いましたねーー!! もう、なんで普段からテッサって呼んでくれないんですかー!」
「も、申し訳ありま……申し訳ないテッサ」
「そう、そうです。そうなんです。テッサなんですよー私はーー」
「あら? 相良さんグラスが空いてますよー、ほら飲んで飲んで♪」
「ま、まてミラ。それはウォッカだ、それをそんな波波と……」
「……私がお酌したお酒は飲めないんですかぁぁ!!」
「うお。いや、違うそんなことは……」
「ほらまたぁ。すぐに他の女に手を出すぅー。サガラさんは浮気者です、ジゴロです、スケコマシですー。うぇーん」
「て、テッサ、気を確かに……」
「ほら見ろよ姉さん。ソースケのやつ本命が見てるってーのに、両手に花状態で鼻の下伸ばしてやがるぜ?」
「いいから。あんたも酒ばっかり飲んでないで、この子の面倒見るの手伝いなさいよ! って、あぁごめんごめんゲイル。あなたを怒ったわけじゃないのよ? ね?」
「敦信さん、おひとつどうぞ」
「うむ。やはり美人の酌というのは酒に花を添える最高の肴だな」
「まぁ、敦信さんたら。うふふふ」
「な、なぁ常盤? そろそろ俺達もさ。結構長いこと付き合ってるし……」
「あ。詩織ちゃーん、そこのソース取ってー。で、なに? オノD何か言った?」
「いえ。なんでもないです、なんでも……」
そしてこの宴会は深夜までずっと続いたのだった。
ほぼ全員が酔いつぶれた後、宗介はテラスで一人、空を見上げていた。
この平和な時間が、今の自分の現状なのだとしみじみと思い、そして耽っているようだった。
「風間くん、来れなくて残念だったね」
両手にココアを淹れたカップを持ったかなめが現れ、宗介の隣に腰掛ける。
「……あぁ。ヤツは今アフガニスタンだったな」
彼らの同級生である風間信二は、高校卒業後、単身海外へ旅立っていった。
数ヵ月後、戦場カメラマンの一人に弟子入りしたとある国の激戦区から絵葉書が届いたことがあった。
それからも、1年のほとんどを戦場カメラマンとして過ごしているようだ。
今日のパーティーにも出席することが出来ず、近況とお祝いの言葉が書かれた絵葉書が、宗介たちの下に届いただけであった。
「あ。忘れてた。恭子から言われてたんだった。ごめん、ちょっと待っててソースケ」
「? あぁ。分かった」
座ったばかりのかなめが、席を立ち屋内に戻っていく。
暫くした後、小さな枕ほどの厚みがある小包を抱えて帰ってくる。
「はい。ソースケ宛の小包だって。一応、確認したけど危険物ではないみたい。何か布で出来たものが入ってるだけみたいよ」
かなめもすでに専門家であるため、危険物の有無は検査してある。
「すまない。感謝する」
宗介は小包を受け取る。
どこから送られてきたものか確認しようとすると、そこには宛名だけが書かれていた。
どこから送られてきたのかは一切わからなかった。
「………………」
しかし、その宛名を、宗介はじっと眺めていた。
そこには「решник, который любил свою жену, скрипач」と書かれていた。
「ごめん。あたし英語以外はまだ分からなくて。ソースケ、読める?」
黙したまま語らない宗介に、遠慮がちにかなめが訪ねる。
「……あぁ。これは『ヴァイオリニストの妻を愛した罪人』と書かれている」
「誰か、分かるの?」
かなめの言葉に、宗介はコクリと頷く。
「俺の……“父親代わり”だった人からだ」
「……」
宗介の返答に、かなめは沈黙した。
アンドレイ・セルゲイヴィッチ・カリーニン。
あの3年前の事件後、完全に行方不明になっている男だ。
「中身を確認する」
宗介は宣言し、その小包を開けた。
「これ……」
「……」
そこに入っていたのは、切り刻まれた布とボロボロの半ズボン。それから所々が破れた小さなぬいぐるみであった。
宗介は、その切り刻まれた布を手に取ると丁寧に調べていく。
かなめもそれに習うように、半ズボンを手に取る。
「ソースケ。ほら、ここ」
何かを見つけたかなめが、その部分を宗介に見せた。
半ズボンの裏地のタグにはカタカナで刺繍された「サガラソウスケ」の文字。
「これは、俺の昔の持ち物、か?」
半ズボンを綺麗に畳むと、小包に最後に残っていたぬいぐるみを手に取る。
それを見たかなめが、驚きに叫んだ。
「これ……ボン太くんじゃない!」
「そのようだ。あの遊園地のマスコットキャラクターの人形を俺が持っていたということは、あの辺りに住んでいた可能性があるということ、か」
「すごい……。これって、ものすごいことじゃない! ソースケの生まれた場所が分かるかもしれないわ!」
「あぁ」
興奮するかなめとは別に、宗介は酷く落ち着いた気分だった。
なぜ彼がこの日にこんなものを送ってきたのか。
彼は、生きているのか、亡くなっているのか。
それすらもこれだけでは分からない。
「やっぱり、カリーニンさんはソースケのお父さんだったのよ」
「かなめ?」
贈られて来た全てのものをいとおしげに眺め、かなめは断言した。
「ずっと、ずっと。今までも、これからも。カリーニンさんはソースケを思い続けるわ。絶対に」
「……」
丁寧に畳んだ半ズボンを胸に抱くかなめの言葉に、宗介はいつしか涙を流していた。
「……あぁ、そうだな。きっと少佐は……いや“父さん”は俺のことを案じてくれるのだろう。これからも、ずっと」
そして、宗介は今、その“父親”になったのだ。
「いつか、孫の顔見せれればいいね」
かなめが宗介の横に立ち、空いている右手をそっと握った。
「あぁ。父さんに恥じることの無いよう、俺も立派な父親になってみせる」
「うん。期待してる」
空を見上げ、誓う宗介。
それに寄り添い、支えるかなめ。
この二人が最強、最上の父親と母親になる日はそう遠くないだろう。
それまでこの平和なときが、ずっとずっと続きますように。
その願いを叶える為か。
すっと一条の流れ星が、二人の頭上を照らし、尾を引いて流れていった。
あとがき
あー、疲れた。
一気に書き上げました、えぇ。
久しぶりに徹夜?
半日以上、文章を書き続けていました。
えーっと……お招きありがとうございます(でいいのかな?)。
身内で通しているHNは「もち」。
執筆するときは「十六夜 賢」と名乗っている者です。
今回のお話は、フルメタル・パニック!が完結を迎えるということで、その記念にと作った作品になります。
設定としては、現在ではまだ発売されていない最終巻の後のお話。
一応、3年後という設定になっております。
色々とオリジナル要素満載だったりするのですが、その辺は愛嬌というやつで笑って許してください;
このフルメタル・パニック!という作品には色々な縁を感じます。
この作品に出会ったから、多くの仲間に会えて、そしてその縁がいまでもずっと続いている。
だから、宗介やかなめたちの物語も、作品が終わったとしても、きっと続いていくんだと、そう思います。
なので、「戦いはこれからも続く!」ENDで終わって欲しいという、一ファンの思いでこんな作品になりました。
暇なときにでも、ちょこっと読んでもらって、フルメタに興味を持っていただけると嬉しいです。
それでわでわ~。