恋の協奏曲(コンチェルト) 第6話 by 東方不敗
「いやあ、お蓮さん鍋の材料持ってきてくれて助かったわよ。おまけにこんな高そうな肉まで持ってくるなんて」
あたしは目の前でことこととおいしそうに湯気を上げてる鍋を見つめながら言った。あたしの左にすわってるお蓮さんは控えめににっこりとほほ笑むと、
「いえ、せっかくお世話になるんですから、これくらいさせてください。それに、このお肉とかもあまって困ってたから持ってきただけなんですよ」
それはいいけどなんで私服が和服なのかしらお蓮さん?
まあ突っ込まないけどさ……
「あ、そうなの……」
「かなめ、そこの肉が煮えてるぞ」
「あ、ホントだ……。じゃいただきまーすっと……。はふはふ……んー、おいしい……しかしこうなるとみかんとか欲しいわね」
鍋が置かれたコタツを見ながら言う。実はあたしん家にはコタツがあるんだ。コタツでぬくぬくしながら鍋を囲んで、これであとみかんがあればホント言うことないのにねえ……
「まあ……。それはちょっと、ぜいたくでしょう」
くすくす笑いながら、でも楽しそうにお蓮さんが言う。
「ははっ、そうかなー……。でも結構いいのよねぇ……。ソースケは? どう思う?」
「? いや、よくわからんな……」
「あっ、そう……」
「ところで……千鳥さん?」
「ん? なーに?」
お蓮さんのほうに向き直ると、お蓮さんはにこにこ笑いながら白菜をぱくりと食べると、こんなことを言ってきた。
「千鳥さんって、相良さんと付き合ってるんですよね?」
「な……!?」
いきなり言われて、口篭もる。ううっ、そりゃ、付き合ってるのは、そうだけど……。でも、だからって、なんかそう、改めて言われると……
「違うんですか?」
「い、いや……ちがわ、ないけど……」
「そうですよね……。じゃあ、こういう時に、恋人っぽく『あーん』とかやんないんですか?」
「え……?」
かちんとかたまる。あ、あーんって、もしかして、あの、その……映画とかで、良くやってる、恋人同士が、その、アレな感じに、え、えっと……
「や……やらな、いっ」
顔が熱くなるのを感じてあたしは顔を伏せながら言った。
これは嘘じゃない。何回か屋上で昼御飯を食べてるときにやろうとしたんだけど、結局恥かしくてできなかった。だって、ほら、なんか、いざやるとなると、恥かしいし……
「かなめ、『あーん』とは?」
横からソースケの声が聞こえる。あたしは顔を赤くしながら向かいなおると、
「し、知らないわよっ」
「あら、相良さんは知らないんですか?」
「ああ」
「あのですねえ、恋人とかがよくやることなんですけど、こうやって、食べてもらいたい人の前に食べ物を持っていって、『あーん』って言うんです。恋人同士とかで、良くやる事なんですよ」
「ふむ……伝統行事みたいなものか?」
「そうですね……そんなものです」
絶対違う。
と。
「かなめ」
「あ……なに?」
呼ばれて、ソースケの方に向き直る。できるだけ冷静に笑顔を作ろうとして……
その笑顔が真っ赤に硬直してくのを感じた。
だって、ソースケの奴が、その食べろといわんばかりに、あたしの目の前に肉を……こ、これって……
「あーん……だ」
「そ、そ、ソースケっ!?」
思いっきり狼狽しまくる。あ、あぅ、ど、どうすりゃいいのよ……
二人っきりでやってるとしてもめちゃくちゃ恥かしいだろうに、おまけにこの場には第三者がいるのに……
「あらあら、やっぱりやってるんですね」
「ち、違うわよっ、こ、これはきっと……」 「かなめ」
もう一度、ソースケの声。ぐいっと肉をあたしの口の前まで持っていって。
「あーん……だ」
「え、えっと……」
ちらっとお蓮さんの方を見る。と、お蓮さんはくすくす笑いながらこっちの方を見てて、
「あら、気にしないでいいですよ。私は空気だとでも思っていつも通り過ごしてくれれば」
ぜんっぜんいつも通りじゃないわよっ!
心の中で叫ぶ。なんでこんなつかれる夕食を毎日しなきゃなんないんだっ!?
「かなめ……」
「え、えっと、あの……」
「あーん……だ」
「あ、あの、ソースケ……」
「かなめ……」
「あ……あー……ん……」
ぱくっ。
「これでいいのか?」
「ええ、大丈夫ですよ♪」
ソースケとお蓮さんのそんなやりとりを顔を赤くして口をもごもごさせながら伏せ目がちに見る。ううっ、顔が熱いし心臓がばくんばくん言ってる……
「? どうしたかなめ、顔が赤いぞ」
「誰のせいだと思ってるのよ……」
顔を伏せて唇を尖らせて言ってやる。顔熱い……
「? 誰のせいだ」
「あんたのせいよ、ばか……」
あたしはそうとだけ言うと恥かしさを紛らすようにおわんの中に入ってた鍋の具を口の中に一気に放り込んだ。ううっ、なんでたかが夕飯でこんな恥かしい目にあわなきゃなんないのよ……
でも……
心のそこで、ちょっとだけ思う。
ちょっとだけ、嬉しかった、かな……
「さて、それじゃあ練習に入りますか」
「はい」
あたしはリビングのカーペットの上に座りこみながら目の前で食後のお茶を飲んでる二人に言った。夕食も終わって、後は練習を残すのみなんだ。
「それじゃ、まずは……どうしましょうか?」
「そうねー……。とりあえず、一曲合わせちゃわない? 楽譜とか見ながら。それなら曲の雰囲気つかめるでしょ?」
「……そうですね。それで行きましょうか」
にっこりと緑茶をすすりながらお蓮さんが言う。てゆーかお蓮さん、なんでカーペットの上に正座してるんですか?
「ああ、それなら、こっちのほうが楽だからです」
「はー、そうなの……。って、なんで考えてる事に突っ込めんのよお蓮さんっ!?」
「千鳥さん、口に出してましたよ?」
小首をかしげながら不思議そうに言ってみせる。あれ、そうなの……?
「はあ……。とにかく、一曲合わせちゃいましょ。いいでしょ、ソースケ?」
「ああ、構わない」
ブラックのコーヒーをすすりながらソースケが答える。
「それじゃ、一曲いきましょうか。お蓮さんもわざわざキーボード担いで来てくれたんだし」
「ええ」
各自自分の楽器の前にちっていく。といってもリビングの中だからそんな広いわけじゃないんだけど……
「それじゃ……まずは、『枯れない花』から。お蓮さん、前奏お願いね」
「はい」
三人で円を描くように、少し離れて向かい合う。
そして、お蓮さんの前奏からゆっくりとあたしは唇を開いた。
どこか暖かく、なにかに包まれているような、そんなやさしいメロディー。
やさしく、ゆっくりと流れる。
不思議な感じ。
まるでこの時間だけ違う世界に入りこんでいるような。
不思議な感覚。
これが、歌を歌うってことなのかもしんない。
そして、ゆっくりと、曲が終わり、最後の音が、空気の中に消える……
「…………」
ぱちぱちぱち。
「千鳥さん、さすがですね。音程がほとんど完全にとれてますよ」
ぱちぱちとあたしに拍手を送りながらお蓮さんがにこやかに言った。なんか、恥かしい。
「そ、そうかな……?」
「ああ、見事な物だ」
ソースケまでしきりにうんうんうなずきながらそんなこと言って来る。や、やだな、そんなことないわよ。
「で、でもさ、お蓮さんとソースケもうまかったじゃない。お蓮さんなんかほとんど完璧だし」
「まあ、そんなことありませんわよ……」
くすっと笑いながらお蓮さんが言ってみせる。
「またまた、謙遜しちゃって」
「いやですね、謙遜なんかじゃありませんよ」
「そうー?」
「ええ、そうですよ」
「ははっ、じゃ、とりあえずそうしとこっか」
「それじゃ、もう一回ぐらい合わせましょうか? さっき少し私失敗しましたし」
「うん、そうね……。ソースケも、いい?」
「ああ、問題ない」
「よーし、それじゃ、もう一回……」
あたしは少し上機嫌に歌詞カードに改めて目を通した。
「あー、喉痛い……」
「結局10回ぐらいやりましたからね……」
ひりひり痛む喉を押さえてるあたしの事をくすくす笑いながら見つめながらお蓮さんが言った。あたしはこきゅっとドクターペッパーを口に入れると、
「うん……。まー、面白かったからいいけど。ところで、お蓮さんこれから帰るの?」
「はい、そうですけど……なにか?」
「あー、それは……やばいんじゃない?」
ぽりぽりと頬を掻きながらちらっと壁の時計に目をやる。
10時27分。言わなくてもかなりの深夜だ。女の子が一人歩きするにはかなり物騒なとこだ。ましてや、お蓮さん。
天然な彼女の事だ。ほいほいどっかのおじさんの口車に乗せられてどっかに連れてかれても不思議じゃない。てゆーかほぼ100%の確率でそうなりそう。
「もう遅いからさ、今日は、家に泊まってかない? ほら、明日日曜だから学校ないでしょ? だから問題ないし」
「……ですけど……」
「別に迷惑とかじゃないわよ。むしろ人数が増えるとにぎやかで楽しいしね。ね、ソースケもそう思うでしょ?」
「いや、俺は別に――いいや、そうだな」
あたしの視線に気付いたのか、言葉を訂正するソースケ。ったく、このバカが……
「ね? それに、夜中に女の子一人で歩くのも危険だし。いい案でしょ?」
「……本当に、迷惑じゃないんですか……?」
「いいっていいって」
ぱたぱたと手を振る。でもお蓮さんはまだ言いにくそうに、
「でも……。あの……、恋人の、夜って……その……わ、私は、ノーマルですし……。お邪魔になるんじゃないかと……」
「何考えてるのよあんたわっ!」
顔を真っ赤にしてもじもじしてるお蓮さんをあたしも顔を真っ赤にして言い返す。な、なによその『恋人の夜』ってのはっ!?
「……な、なにって」
「あたしとソースケの関係はまだ健全よっ! だから、その、なに、ええっと……。ダーッ! とにかく、お蓮さんが考えてるような事はやってないわよっ!」
「……あら、そうなんですか?」
「そーよっ! きっぱりっ!」
力の限り叫ぶ。ううっ、なんか顔がめっちゃ熱いんですけど……
「そうなんですか……」
お蓮さんはおとがいに手をやると、しばらく視線を宙にさまよわせてから、
「それでは、迷惑じゃなければお邪魔いたします」
にっこりと笑いながらそう言った。
続く
あとがき
ということでー、お蓮さん結構おいしい役です(笑)。
さて、だんだんラストに近づいてます。なんとか予定よりは伸びそうにないですね。いやあよかったよかった。
それでは、だんだんと夜はふけていきます。お楽しみにー。
★…さりら’s感想…★
お蓮さんー!!和服でキーボード背負って来たのぉ!?
すっげー!(爆笑)
いい感じだお蓮さん!!
一話一話に必ずらぶらぶシーンがあるのはさすがですねぇ。
今回も背筋がこそばゆくならせていただきました(笑)
「あーん」は恥ずかしいよね、死ヌほどに…。