銀涙 第1話 by モチケン
明日はあの人の休日。
私も、明日は休日。
だから昨日はがんばった、がんばれた…。
おかげで、3日間の徹夜。
眠い目を擦りながらあの人の元へと向かう。
もうすぐだ……そう考えると胸が高鳴ってきた。
おもむろに立ち止まって深呼吸。
「すぅ…はぁぁ……」
よし、これで少しはマシに…そうだ!身だしなみ…。
制服のポケットから鏡を出して自分の顔を覗き込む。
部屋で2時間もセットに格闘したのだから大丈夫なはず…。
さっと前髪を直し、お気に入りのアッシュブロンドの三つ編みに手を振れる。
ちょっとだけ、薄いリップも引いてみた。
メリッサに『テッサなら、素でも大丈夫よ』とは言われていたが、それでも自分は女性だ。
でも、メリッサは快く化粧のし方を教えてくれた、一番の友人だ。
「…うん、完璧」
鏡の中の自分に、にっこり微笑みあの人…相良さんの待つ格納庫に急いだ。
宗介はアーバレストのコックピットに座っていた。
例の香港での事件以来、アーバレストを見なおした宗介は時々こうしているときが多くなった。
一般の人から見ればただのASオタクに見えるかもしれないが、マシーンに愛着がわくというのは結構な事だ。それにより、整備の手を緩める事もなくなれば、戦場での働きにもそれ相応に影響してくる。
それにこのアーバレストはミスリルが保有する唯一の(たぶん)ラムダドライバが搭載されているASなのだ。
「アル、調子はどうだ?」
「はい、良好です。今日は久々に体の調子がいいです。先ほどの射撃訓練での成果がそれを物語っています」
宗介はつい先ほどまでASによる射撃訓練をしていた。もちろん他のSRT要員も参加していたがとっくに自室、あるいは別の場所へと移動している。宗介がここにいるのは訓練の終ったあとにテッサからの伝言でそのままここに残っているようにと言われたからだ。
(…そういえば、なんのようなのだろうな?)
明日は休日だ、久々に釣りでもしようとは思っていたのだが数日ほど前、カナメに遊びに行こうと誘われていた。
彼女は最近、自分の休日の日を見計らって誘ってくる事が多くなった。
確かに、釣りも楽しいが彼女といる事が宗介にとってどれだけプラスになるか自分でもわかってきたからだ。それに、きまってそういう日は彼女の手料理にありつくことができる。
『どうせ、ろくなもの食べてないんでしょ?いつも任務が大変なんだから、少しは精のつくもの食べなくっちゃだめよ』
と言いながら豪勢な食事を振舞ってくれる。
彼女の料理は絶品だ。
素直にそれを口に出すと少しテレながらも満面の笑みを自分にくれる。
時々、自分もつられて微笑む事が多くなった。
なによりそうすると、彼女がいっそう喜ぶからだ。
「そういえば、大佐殿は遅いな…」
「肯定。訓練が終ってまもなく1時間23分です。……生命反応を感知。照合中…テレサ=テスタロッサ大佐と判明」
「了解だ。アル、休んでいいぞ」
「アイサー、サージェント」
宗介はアーバレストから降りると、格納庫の入り口付近にいるテッサの元に歩いていった。
「……どこかな?あんまり、遅すぎて帰ってしまったんじゃ…」
そんな考えがテッサの頭の中に渦巻いていた。
「…大佐殿」
「あ、相良さん!」
そんな不安も、一瞬に消し飛んだ。
見ると、アーバレストが置いてある付近から相良宗介が歩いてくる。
「…二人だけのときは、テッサって呼んで下さいって言ったじゃないですか」
ちょっと、拗ねてみせる。
「す、すいません、大佐…いえ……テッサ。それで、今日の用件は?」
「たしか、相良さん、明日非番ですよね?あの…もしよかったら、私と一緒に浜辺でお散歩…しません…か?」
恥ずかしさで顔が火照ってくる。
最後の方の言葉が、途切れ途切れになってしまった。恥ずかしい…。
でも、最後まで言えた。勇気を振り絞って。後は、彼の『OK』の返事がくれば…。
「………………申し訳ない、テッサ。明日は先約があって、その……」
答えは『NO』。
「その約束って、千鳥さん…ですか?」
一瞬にして声のトーンが下がる。
もう、彼の顔をまともに見ることができない。
「……肯定です。申し訳ない…数日前に…誘われて、OKしてしまったので…」
宗介はしどろもどろになって、言葉を紡ぐ。
その顔面には、脂汗がどっと滲み出ている。
「……そうですか。行ってよろしいです。サージェント」
俯いたまま、テッサはそう告げる。
「……イエス、アイ、マム」
それ以上、何を言っても無駄だと判断した宗介は命令に従い、格納庫を後にした。
足音が遠ざかっていく。
愛しい彼の足音が。
テッサはその場に立ち尽くしていた。
そうなんだ、実際その可能性だって否定できない。
彼女は、単身で彼を香港まで追っかけていったのだ。
私にはそんなことできない。
「……相良さんの…バカ……」
テッサは備品のコンテナに身を寄せ、誰もいない格納庫で独り…泣いた。
「あ、おかえりぃ~。邪魔してるよ~」
部屋に戻ると、タバコとお酒の匂いがした。
「で?どうだったの?ちゃんと言えた?ソースケはオーケーしてくれたの?」
ビーフジャーキーをつまみにビールを飲みながらマオはテッサに問う。
「……」
――ふるふる…――
「…ハァ……あ~の朴念仁は…。女の子の誘いよりも釣りの方がそんなに好きかねぇ」
「釣りじゃないんです。千鳥さんと、約束があるそうです…」
「……」
マオも黙る。
「いいんです。そうですよね、こんな料理もスポーツもできない、女の子なんて誰だって好きになんかなりませんよね」
「ちょっと、そんなに自分を責めないの。あんたはいい子よ、あたしが一番よく解ってるんだから」
その、言葉にテッサはカチンときた。
「でも!こんな潜水艦の艦長やってる女の子なんて他にいませんよ!私だけ!どうして?どうして、私がこんな目に会わなきゃならないの?私だって、普通の生活がしたい!普通に学校も通ってみたい!恋愛だって人並みにしてみたいのに!私、私は……」
――バタッ…!――
「て、テッサ!」
マオの悲痛な叫び。
それと同じくしてテッサは気を失った。
「はっ!」
――がばっ――
時を同じくして東京のとあるマンションの一室。
悲痛な叫び声と悲しい思いによって、千鳥かなめは深夜目を覚ました。
「…な、なに?」
辺りを見まわす。
胸に重くのしかかってくるわだかまり、悲しみ、怒り。
そんな、人間の負の感情にかなめの心は苦しくなった。
「うっ…」
顔を歪めて、胸を掴む。
「……テッサ?」
とっさに一言。
「な、なにやってんだろ、あたし。明日はソースケが帰ってくるのに…」
そうなのだ。明日は宗介が帰ってくる。
明日が非番だと言う事を知ったかなめはいつものように宗介を遊びに誘った。
最近は、恭子と一緒に3人でではなく2人きりの方が多くなった。
あの、香港での一件以来、宗介は少し変わった感じがする。
悪い方ではなくいい方に。
「ちゃんと、寝ておかなくっちゃ。寝坊したら大変だし…」
そう言って時計を見ると午前2時をまわって少し。
「…寝よ」
さっきの不安は明日のデートのことによって消えていく。
「また、料理のレパートリー増えたんだよね。ソースケ、よろこんでくれるかな?」
そんなことを考えると自然と頬が緩んでくる。
自分の料理をおいしいと言って食べてくれる宗介。
その時に自分に向けてくれる笑顔。
それだけで、心がいっぱいになる。
「…これじゃ、眠れないよ…」
最後を絞めて、かなめは幸せの眠りについた。
「…ここは?」
「ここは、夢の中だよ、テッサ」
「!?」
覚えがある声にテッサは後ろを振り向いた。
「…レナード……」
「久しぶり、テッサ。元気かい?」
「おかげさまで。ずいぶん、元気です」
「そうかい。それはよかったよ。僕もたった一人の妹の事は気になってね」
「どうして?どうして、あなたは敵なの?それに、バニ…バニは……」
「バニのことは気の毒だと思っているさ。でも、ちょっとばかり『精神(ココロ)』が弱かったようだ。いわば、不良品ってやつさ」
「!?…取り消して!、バニは不良品なんかじゃないわ!」
「そうかい?僕は君もその不良品の一種だと思うがね?」
「…なんですって?」
「唯一、僕以外に不良品じゃないとすると、あの子『千鳥かなめ』かな?」
「!?」
今、自分が一番聞きたくない名前。
「ふふふ、君も負けじと『精神(ココロ)』が弱いね。僕の妹としてはふがいないくらいだ」
「…あなたに……あなたに何がわかるって言うの?なんにも解らないくせに、知っているようなこと…言わないで!」
「知っているさ。お前の事はなんでもね、テッサ。僕は『千鳥かなめ』に会ってきたんだから」
「!?なんですって…」
「彼女は強い。お前よりもずっとね。そんなところに彼も…『相良宗介』も惹かれたんじゃないかな?」
「!…」
痛いところ…多分、今の自分に一番欠けているところを責められて、テッサは黙り込んだ。
涙が出た。
そんな顔を兄には見せたくないと、必死でこらえたのに。
「ふふふふ、やっぱりお前は不良品だよ。でも、そんなお前が僕は大好きだ」
テッサの顎に手をかけ、クイッと自分のほうを向かせるレナード。
「お前には涙がよく似合う」
片手で、テッサの涙を拭うレナード。
そして、ゆっくりと自分の唇を重ねた。
「!?…いや!止めて!」
「…どうしてさ?兄弟じゃないか」
「私はもう、あなたを兄とは思わない!ただの悪魔よ!」
必死に泣き叫ぶテッサ。
「…嫌われたものだね。それじゃ、僕は帰るよ。せいぜい僕を楽しませておくれ、我が妹よ」
自分に背を向け、向こうに歩いていきやがてかすれた兄の姿を見送って、テッサはその場に泣き崩れた。
続く
あとがき
どうも!モチケンです。
とりあえず、キリのいいところまでってことでこんな感じです。
舞台設定は終るDBDのあとです。
……書いてて切ない…。
このまま、どうなってしまうんでしょうね、テッサ。
いち、テッサファンとは思えないこの小説。
なので、暗い話しが嫌いな人は読まないことをお勧めします。
そして、テッサファンの皆様。
はっきりいって、侮辱ととられてしまうかもしれないこの小説。
どうもすみません。この場を持って謝罪いたします。
こんな、小説でも感想などを頂けるととってもうれしいです。
がんばって、第二話も書こうと思いますので、どうかよろしくお願いします。