銀涙 第3話 by モチケン
「レナード。君は素晴らしいよ!これほどの能力を持った子供がこの世に存在するなんて思わなかったよ」
「流石はレナードね。このくらいなら簡単にやってのけると思ったわ」
「レナード。君は最高だ」
「レナード…」
「レナード…」
「レナード…」
いつもいっぱい誉められるのは兄。
私よりも兄のほうが優秀だから。
じゃあ、私はなんのためにここにいるの?
私はなんのために生きているの?
だれか、教えて。
ワタシハナニ?
「どうしたんだい?テッサ」
膝を抱えて蹲っている私に声をかける人がいた。
「バニ…」
「隣、いいかな?」
遠慮がちに笑いながら私に問い掛ける。
「うん。いいよ」
私がそういうとバニはゆっくりと私の隣に腰を下ろした。
「…レナードのこと、考えてたの?」
私の方を見ずにバニは言う。
「…………」
その問いに私は沈黙で答える。
「彼が嫌い?」
今度は私のほうを見て問うバニ。
「………わからない…」
私はやっとのことで声を絞り出した。
「そう」
そう言ってバニは私の髪を撫でてくれた。
「バニ?」
私は驚いて彼の顔を覗き込む。
「僕はいつでもテッサの味方だからね?」
優しい笑顔、暖かい手。
「……うん」
自然に涙が出た。
それは頬を伝い、最近伸びてきたアッシュブランドの髪を湿らせる。
その雫が太陽の光に照らされて銀色に光り輝いていた。
「そんなに過去が大事かい?テッサ」
「……出ていって」
「そんな悲しい事言わないでくれよ、テッサ」
「………お願い出ていって!」
「僕はこんなに君を愛しているのに」
「…いや、聞きたくない」
「僕だけが君を愛しているのに」
「……そんなことは…」
「あるんだよ」
「!?」
「では、なぜ『相良宗介』は君に振り向いてくれないんだい?」
「……それは」
「どうして君があんなにたくさんの激務をこなさなければならないんだい?」
「……それは、私にしかできないから」
「じゃぁ、お前にできる事がなくなったらどうするんだい?」
「え…」
「お前を必要としない世の中になったらどうするんだい?」
「……あ」
「お前の『知識』が必要なくなったらどうするんだい?」
「…………」
「大丈夫。僕は永遠にお前を愛しているから」
「……本当に?」
「あぁ。だからおいで、僕の元に」
「…兄さん」
「ちょっと!この飛行機もっとスピード出ないの!」
太平洋の真ん中で少女が怒鳴り散らしている。
「ち、千鳥、それは無理な要求だ。いくら、ターボプロップ機でもこれ以上のスピードは…」
「うるさい!このクソバカ戦争ボケ男!スペシャリストならなんとかしなさいよ!」
「……何とかと言われても」
宗介が額に脂汗を浮かべる。
このターボプロップ機は最高速度が800kmであり、これでもかなりのスピードで飛ばしているのだ。
「落ちつけ、千鳥。ここで騒いでも何もならないぞ」
「んなこたぁ、わかってんのよ!これくらい、文句つけないとこっちだってやってらんないのよ!」
―――がんっ―――
壁を蹴るかなめ。
「…………」
どうやったら、この怒りをおさめられるのかわからない宗介は額に脂汗を浮かべたまま、考えあぐねいている。
少し落ちついたのか、千鳥は席に座り両手を組んでそこに額をのせる。
(はやまるんじゃないわよ。がんばって、テッサ)
その顔は不安と焦りに満ちていた。
「…………」
テッサはゆっくりと目を覚ました。
「!?テッサ大丈夫?」
横を見ると自分の手をギュッと握り締めているマオの姿が見えた。
「えぇ、メリッサ。もう、大丈夫よ」
ゆっくりと体を起こすテッサ。
「よかった……。もう!あたしがどれだけ心配したと思ってるのよ!」
「ごめんなさい。心配かけて…」
テッサがにっこりと微笑む。
「ペギーおばさん!テッサが目を覚ましたわ!」
「…!?本当かい!」
―――サーッ―――
っとカーテンをめくる音を立てて、ゴールドベリーが顔を覗かせる。
「ごめんなさい。迷惑をかけましたね」
すまなそうな顔でゴールドベリーに謝るテッサ。
「そんなことはどうでもいいのよ。大事を取って、今日は休みなさい」
「はい。お言葉に甘えさせてもらいます」
ゴールドベリーの気遣いにテッサも首を縦に振る。
「メリッサは任務に戻ってください。私は、大丈夫ですから」
「そう?本当にムリしてない?」
心配そうにテッサの顔を覗き込むマオ。
「大丈夫ですよ」
にっこり微笑むテッサ。
「……うん。大丈夫そうね。わかったわ。くれぐれも、ムリしないでね?」
「はい。わかってます」
テッサの髪を撫で「じゃね」と言い残しマオは病室を去った。
「じゃぁ、あたしは少佐に連絡をするよ。おとなしく、寝てなよ」
「はい。その前におトイレに行ってきたいんですが…」
「一人で、大丈夫かい?」
テッサの言葉にゴールドベリーは心配そうに答える。
「大丈夫ですよ。そんなに弱くはないですから」
「ん。わかった。気をつけて行っておいで」
テッサの言葉に確信を持ったのかゴールドベリーはあっさりと了承した。
「はい。では行ってきます」
そう言って、テッサは医務室を後にした。
しかし、その足先はトイレではなくトゥアハー・デ・ダナン艦内にある中央コンピューター室『聖母礼拝堂(レディ・チャペル)』に向いていた。
その彼女の表情は無表情だ。
その瞳は灰色ではなく、薄く濁っていた。
「……ふむ、了解した」
「医務室からはなんと?」
マデューカスが無表情ながらもカリーニンに問う。
「大佐が目を覚まされたそうです」
カリーニンがマデューカスにそう伝える。
「そうか…、それはよかった」
「はい。……聞いてのとおりだ。大佐殿は大丈夫だそうだ。心配は無用とのことだ」
艦内全てにカリーニンの声が伝わる。
大きな歓声がデ・ダナンに響き渡った。
「軍曹、いいですか?」
ターボプロップ機の通信士が宗介を呼ぶ。
「ん?わかった。千鳥、少し待っていてくれ」
「うん、わかった」
かなめの了解をとると宗介は通信士のいるパイロットルームに歩き出した。
「なに?そうか……うむ。わかった」
遠くで聞こえる宗介の声にかなめは耳をすました。
なにか、喋っているのだがよくは聞こえない。
(まぁ、戻ってきたら聞けばいいよね)
かなめはそう結論づけた。
しかし、さっきからあの頭痛はウソのように治まっている。しかし、胸騒ぎは消えてはいない。
しばらくすると宗介が戻ってきた。
「なんだって?」
「うむ。それがだな。大佐殿は大丈夫だそうだ。目を覚ましたらしい」
「!?本当に?」
「あぁ、マオや医務室のゴールドベリー大尉も確認したと言っている」
「…………そう」
おかしい。なにかがおかしい。
さっきからの胸騒ぎは消えていない。
「しかし、少佐から君をデ・ダナンに連れてくる許可は出ている。大佐を見舞ってやってくれとのことだ」
「うん。わかった。………ソースケ」
「?なんだ」
かなめの深刻そうな声に宗介も身構える。
「あたしの勘なんだけどさ。たぶん、まだ終ってないと思うのよ」
「…………そうか。わかった、俺も最新の注意を払う事にしよう」
「うん。お願いね」
「了解した」
宗介はそう言うとかなめの隣に座って前を向いた。
(信じてくれてるんだな)
かなめは宗介の横顔を見ながらそう思った。
「少佐。もうすぐ、相良軍曹と千鳥かなめが到着します」
通信士がブリッジ内のカリーニンにそう告げる。
「わかった。受け入れ準備を急がせろ」
「アイ……なんだ!?」
ブリッジのモニターに『WARNING!』の文字が点滅し艦が大きく揺れる。
「どうした!なにが起こったのだ!」
手すりに掴まり、なんとか体勢を保ちながらマデューカスが吼える。
「わ、わかりません!制御不能!うぁ…」
―――ゴォォォォン―――
「緊急ブロー?いったい…うあ!?」
メインバラストタンクから大量の水が放出される。
「状況を報告しろ!」
カリーニンがよろけながらも叫ぶ。
「……ブリッジからではTDD-1は制御不能!コントロール先は……聖母礼拝堂(レディ・チャペル)です!」
「なんだと!」
そう、事件はこれから始まるのだ。
「こ、これは……!」
誰が発した声だろうか。
「トマホークが発射態勢に入りました!」
「……近くを潜航中の原潜にロックオン開始!」
「アドハープーンが近くの漁船をロックオン!」
ブリッジにいる船員があわただしく事を告げる。
「……なんということだ」
マデューカスは弱々しく呟いた。
「おかしい。ここが、収容地点のはずだ……」
TDD-1が事故を起こす少し前。
予定よりも少し早く現場についたターボプロップ機は海上を旋回していた。
「TDD-1とは連絡が取れたのか?」
コクピットに様子を見にきた宗介はパイロットにそう尋ねた。
「いえ。先ほどからなんどもコールしているのですが……」
―――ズォォォォォォォォン―――
その時、轟音と共にTDD-1が海上に姿を現した。
「!?緊急ブロー。いったい何が?」
パイロットの言葉を聞いて、宗介はかなめの元に走る。
「千鳥!どうやら君の勘は当たったようだ!」
「なにか、あったの?ソースケ」
かなめが弾かれたように席を立つ。
「TDD-1が緊急ブローを行って海上へ浮上した。着艦作業にこんな方法は使用しない!」
「じゃぁ今、デ・ダナンは操縦不能ってこと?」
「あぁ、最悪そうなのだろう。まだ、はっきりとはしないが」
宗介が額に汗を滲ませる。
その表情を見たかなめも事態の重大さをはっきりと認識した。
「どうにかして乗り込めないの?」
「パラシュートで降下するという手もあるのだが危険過ぎるのだ。このターボプロップ機が落とされたら万事休すなのだが……」
(考えろ!何か方法があるはずだ!)
宗介は自分に言い聞かせる。
はっきりいっていくらスペシャリストの宗介でも、これには舌を巻いた。
「軍曹!ミサイルの発射管が開いていきます!」
前方でパイロットが吼える。
「クソ!ただ見ているだけしかできないのか!」
―――ガンッ!―――
椅子を殴りつける宗介。
「ソースケ……」
(何もできないんだ……あたしも)
切ない眼差しで宗介を見つめるかなめ。
―――ガィィィン―――
「なっ!」
「きゃっ!」
何かがターボプロップ機に当たる音とその衝撃で機内が揺れる。
「どうした!」
宗介がパイロットルームにむかって叫ぶ。
「そ、ソースケ。あ、アレ……」
「!?」
かなめが指差した窓の外にはターボプロップの左翼に片手で掴まっているAS。
『ARX-7アーバレスト』の姿だった。
続く
あとがき
どうも!モチケンです。
まず、謝ります。すいません。
第3話で完結しますと言いましたがもう1話追加します……。
う~。なんか前振りが長くなってしまったんだよな~。
しかも、あんましできがよくない……。
しかし、最後にアーバレスト勝手に動かしてよかったのかな?
色々、文句がきそうな雰囲気が……(汗)
っと、内心ビクビクなモチケンでした~。