救ってあげたいロンリーネイバー 第3話 by モチケン
PM5:24 TDD-1ブリッジ
「SRT、帰還しました」
通信士の声がブリッジに響き渡る。
「了解しました。これより、可変型ASの捜索にあたります」
《アイ、マム》
テッサの声にここに居るクルー全員の声がハモる。
「はたして、手がかりがあるでしょうか…」
マデューカスがテッサに声をかける。
「…掴まなければ、困りますね。もしかしたら、今までの敵より数倍厄介かもしれません…」
テッサは不安な顔でマデューカスに答える。
テッサはあの会議の後、例の可変型ASの衛星写真とにらめっこをした後、人型形態に変形したASにあるものを見つけていた。
ラムダ・ドライバの冷却装置である。
コダール系列やベヘモスのデータを元に調べたが、この冷却装置は他のASとはかなり外見が異なっていたため発見が遅れたのだ。
『可変型のラムダ・ドライバ搭載AS』
ナンセンス。
かってテッサ自身が言ったようにすべてはその一言に尽きる。
ASはアニメのロボットではないのだ。
可変型のASなどというものは機体強度、コスト、メンテナンス等、どの点をとっても不利にしかならない。
つまり、生産する意義がどこにもないのだ。
だが、仮に造ろうとしたとして自分にそれができるであろうか?
自分にも、そしてあの<アーバレスト>を設計したバニにも成し得ないであろうASが現実に存在している。
<アマルガム>の新型という可能性は否定できない。
しかし、それ以外の別のものではないかという考えがテッサの頭に浮かんできていた。
自分や、兄、そして千鳥かなめや救出したいつぞやの少女。
現在確認できている『ウィスパード』はそんなものだ。
新しい『ウィスパード』。
そんな言葉が自分の頭の中を過ぎっていた。
「大佐。どうかされたのですか?」
ぼーっと、1点だけを見つめ考え事をしていたテッサにカリーニンが話し掛けた。
「あ、ごめんなさい、カリーニンさん。少し、考え事をしていたので……」
テッサは難しい表情を解いてカリーニンに謝る。
「いえ。どうぞ、続けてください。目的地に近くなったらお知らせします」
「すみません。お言葉に甘えます。何かあったら知らせてください」
テッサはカリーニンの申し出を素直に受け取った。
そして、このテッサの予想が的中しようとは、まだ、誰も気付いていないのである。
テッサ本人を除いては……。
PM6:02 マナナーン・マクリール 寝室
『お…ちゃ……』
(誰かが自分を呼んでいる。)
まどろみの中で彼は思った。
『お兄…ん』
(聞きなれた声。そして、一生聞けなくなった声。)
『お兄ちゃん』
「あぁ、どうしたんだ?雪希」
『お兄ちゃん』
自分の言葉には反応せずにただ《お兄ちゃん』と言い続ける女の子。
「だから、どうしたんだよ?何かあったなら言ってみろって…」
少しいらつくように女の子に言葉を返す。
『……私と一つになろうよ』
優しく微笑みかける女の子。
「何を言ってるんだ?」
怪訝そうに彼は女の子を見る。
『そうすれば、楽だよ。ずっと、一緒にいられるよ。私はお兄ちゃんとずっと一緒にいたいの』
区切り区切りで、表情がうれしさ、せつなさ、悲しさと変化していく女の子。
「……雪希」
女の子の髪を撫でる彼。
女の子はくすぐったそうにしながら彼に身を委ねる。
『お兄ちゃん……死んで…ね』
女の子の手が彼の首にかかる。
息が途切れて苦しくなる。しかし、女の子は笑いながら彼の首を締め付ける。
「……!?」
彼は驚愕の眼差しで女の子を見る。
だが、彼女は笑顔のままだ。
「……やめろ………」
『うふふふ……』
(ゆ……き………)
彼の意識はブラックアウトしていく。
彼女の笑顔を見つめながら…。
「………!?」
暗闇の中、彼は目を覚ました。
額には玉の汗。
寝巻きはぐっしょりと汗に濡れている。
「……また、この夢か」
彼は一人ゴチた。
かけていたシーツを取り、身を起こす。
何も無い部屋。
机の上には必要最小限のものが多少置いてあるくらいである。
彼は、その机の上に目をやった。
写真立ての中で微笑む二人。
一人は彼。
もう一人は女の子。
「……」
彼は無言のまま、写真立てを手に取った。
「……雪希」
写真の中の女の子をなぞりながら、彼は悲しげに呟いた。
《マスター、起きていますか?》
電子音が少し混じった女性の声。
「あぁ。どうしたイツミ?」
女性の声に反応し、彼は着替えを始める。
《『トイボックス』の接近を確認しました》
「確かか?」
《間違いありません。<パサデナ>のレコーダーに記録されていた音紋と一致しました》
「どうやら餌に食いついたみたいだな」
女性の声に答えるように着替え終えた彼が部屋を後にする。
《はい。小1時間ほどで、ここに到達する模様です》
「わかった。ブリッジに上がる」
狭い通路を進んだ先のエレベーターに乗り込んだ彼はそう告げた。
PM6:32 南シナ海域
「今のところタートルからは、なんの情報も得られませんね」
謎の可変型ASが墜落したと思われる場所に到着したデ・ダナンが、捜索をはじめてすでに2時間が経過しようとしていた。テッサは溜息をつきながら、調査結果の感想を素直に述べた。
「はい。しかし、どうやら《墜落》ではなさそうですな」
テッサの言葉にカリーニンがそう答える。
「……えぇ、そうですね。そうなると、現状であのASの能力を調査ができるのはあの衛星写真だけですね……」
テッサはいつもの癖である、三つ編みを口元に寄せるしぐさをしながら、眉をひそめた。
「……難しいところですな。あの、写真から敵の詳細なデータを得るというのは」
テッサの意見に肯定を示す言葉を吐くカリーニン。
「とりあえず、撤収しましょう。今後の対策を練るにはメリダ島へ帰還してからの方がいいでしょう。それに、テロ組織鎮圧は失敗に終わったとはいえ、出撃した人達にも休養をとってもらうほうがいいでしょうから」
テッサは微笑みながら言う。
「アイマム。メリダ島へ進路をとれ。これより帰還する」
先ほどまで黙っていたマデューカスがクルーに向かってそう、告げた。
PM6:35 同場所
《マスター、『トイボックス』が動き出しました》
その言葉に、パイロットシートに座っていた男が伏せていた顔を上げた。
「よし、600まで浮上しろ」
男は組んでいた腕を解き、操縦桿に乗せる。
《了解、マスター。『BCグリス』融解、比重変化開始。深度600フィートまで浮上します》
自らを戒めていたモノが今、主の命令によって解かれていく。
「機関始動」
《了解。イオン化グリッド、放電開始》
インテークから取り込まれた海水を電離して排出すると、潜水艇――<マナナーン・マクリール>は新鮮な血液が全身を循環し、一新されるかのような錯覚を楽しんだ。
「通常推進だ」
《ええ~?》
AIが『意外だ』とでも言うかのように不満の声を上げる。
「追尾目標を追い抜くつもりか」
《あ、了解》
理由を言うと悪びれもせず明るい声で返事が返ってきた。
もし顔があれば、軽く舌を出して笑っているであろうことが容易に想像できた。
《コンプレッサー・EMFC・SCD・MHD、オールグリーン。いつでも行けます》
良く通る透き通った声が男の命令を促した。
「針路0-4-2。目標と等速で前進」
《了解。<マナナン>発進します」
男の了承を得て、自らを愛称で呼んだ『彼女』はその体を滑らかに躍らせた。
PM7:43 メリダ島
「みなさん、お疲れ様でした。作戦は失敗に終わってしまいましたけど、また次回に備えてしっかり休養をとってくださいね」
デ・ダナンの女神からの笑顔の報告により戦士達は一時の休息を得る。
そんな彼女に律儀に敬礼を返し、宗介は身支度を始めた。
これから日本に帰るためだ。
「お、ソースケなにやってんだ?」
自室のドアが開き、同僚であるクルツが顔を出す。
「帰り支度だ。今日中に日本に帰って授業に出なければならん。単位がやばいのだ」
宗介はクルツに一瞥をくれると、すぐに支度に戻る。
「はいはい。そうでございますか。せっかくの休養だってのに大変ですなぁ、軍曹殿」
クルツはつかつかと部屋に入り冷蔵庫を開けて「ビールねぇのかよ…」などと愚痴ったあと、仕方なくミネラルウォーターを出して口をつける。
「それに明日は千鳥に夕食に誘われているのだ」
宗介は少しだけ、ほんの少しだけ顔をほころばせながらそう呟く。
「わぁお、これまたお熱いこって」
「む…」
クルツの言葉に顔をしかめる宗介。
「……それにしても、変わったな宗介」
「…なんのことだ?」
クルツの意外な言葉に宗介が手を止めた。
「いや、なんでもねぇよ。そんじゃま、がんばってかなめちゃんのご機嫌でもとってきな」
クルツはそう言い残すと、部屋を去っていった。
「…いったい、何をしに来たのだ、あいつは」
同僚が出ていったドアをしばし見つめた宗介は、すぐに帰り支度を済ませる。
しかし、この宗介の努力は無駄になるのだ。
もちろん、かなめとの約束もお約束通りに守れなくなる。
そんなことは知らずに、宗介は日本に帰還するためにターボプロップ機の待つ発着所に急いだ。
同時刻 メリダ島付近海域
「なるほど。ここがミスリルの本拠地というわけか」
彼はパイロットシートの上でしみじみと呟いた。
《そのようです。どうなされますか? マスター》
彼の呟きに、問いを返すAIイツミ。
「…予定通りだ。ゲイボルグの方はどうだ?」
《異常ありません。いつでも行けます》
彼の問いにそう、返したのはAIキャナルだ。
「よし、作戦を開始する。イツミは逐次データをアイツのところに転送しておいてくれ。もちろん、バックアップも忘れずにな」
そう言うと彼は席を立つ。
《了解、マスター。御武運を祈ります》
AIの言葉に彼は軽く手を振って答えた。
手にはめた手袋をもう一度確かめる。
(……よし)
少し狭い通路を歩きながら装備を確かめる。
(P90SPO、ファイブセブン……)
いつも通りの装備、2年に及ぶ戦闘訓練で己の体の一部と化すまで使い込んだ2種の銃。
ベルギー・ファブリックナショナル社製のポリマーフレームを多用した軽量なサブマシンガンと拳銃で、共にクラス3Aの防弾ベストを紙のように貫通する5.7×28mm弾を使用する軍・警察用の特殊戦装備だ。
肌にしっくりとなじみそして、身につけることによって気持ちが引き締まる。
―――パシュゥ―――
そんな音と共に格納庫の扉が開く。
そして、そこに鎮座する3機のASの一体の前へと歩いていく。
拘束された巨人達の中でひときわ目立つ戦闘機。
その前に立つとゆっくりとハッチが開いていく。
少し狭いようなコックピット。
だが、操縦桿などの類は見当たらない。
あるのは本来ASにないような計器の類で構成されているそれらが操縦者が乗りこむと共に淡い光を放ち始める。
《マスター。こちらの準備は整っています。いつでも発進できますよ》
彼女の声が嬉々としているのは気のせいだろうか。
(いや……)
苦笑しながら否定する。
自分がそう聞こえるように造ったのだから当然か。
(いつもそうだ。俺は相手に自分の望む姿しか見出すことができない。あの時だって……)
《マスター?》
押し黙った彼を気遣うかのようにAIが控えめに声をかける。
「わかった。すぐに出る」
答え、彼はその場に横たわった。
コンソールの淡い光が強烈なものに変わる。
「…ふ…ぅ……」
彼の意識が別の体にシンクロしていく。
体積は5倍以上に膨れ上がり、視点も変化していく。
(……)
戦闘機――<ゲイボルグ>がリフトに乗って搬送される。
行き先はほとんど<ゲイボルグ>専用と言える水中発艦用のリニアカタパルトだ。
《隔壁閉鎖、注水開始します》
固定された<ゲイボルグ>に激しく水が降り注ぎ、コクピットに僅かな振動が伝わる。
(ゲート…オープン)
《了解。艦首ハッチ開放》
ガイドビーコンが瞬き、<マナナン>の外装が開く。
《進路グリーン》
(ラムダ・ドライバ起動)
―――ィィィィィンッ―――
<ゲイボルグ>の全身が光り輝く。
(メインスラスター、オン)
―――ゴゥッ―――
機体後部のイオンスラスターが荷電粒子を吐き出す。
(<ゲイボルグ>…発進!)
―――ドゥッ!―――
ラムダ・ドライバが生成した斥力場によって海水を切り裂き、<ゲイボルグ>が通常ではありえない速度で海中を進んでいく。
(待ってろよ、お姫様)
彼はそう心の中で呟き、自分の言葉に苦笑した。
続く
あとがき
ども、もちです。
やっとこさ第3話です。
え? 時間がかかりすぎだって?
はい、すみません。私がわるぅございました(汗
大学が忙しいってのは理由にならないもんなぁ…。
ってわけで、第4話もがんばって書きますのでよろしゅぅおねがいしますー
(関西イントネーション)