梅雨の日の一幕 by 東方不敗
雨が窓を叩き弱々しい演奏を続けている。
ぽたっ、ぽたたっ、ぽたっ。
不定期な、耳障りってわけでもないけど、別に心地良いわけでもない音楽。さっきからずっと続いている。
「……は~っ」
今までついていた頬杖を崩しながら、テーブルにもたれかかる。なんだか、気分が晴れない。
「おかーさーん?」
「ん……? ああ、裕香。どしたの?」
いつのまにか近づいてきていた娘の裕香に笑いかける。ちなみに裕香は今8歳だ。ぱちくりとした目と無邪気な笑顔がなんとも可愛い。
……別に親ばかじゃないからね。ホントに可愛いんだから。
「おかーさん、なんか元気なさそうだよ? だいじょぶ?」
「あはは、だいじょぶよ。ちょっと気分が悪いだけ」
「ふーん……じゃあ、おかーさん、元気が出るおまじないしてあげよっかっ」
「へ?」
元気がでるおまじないって……
「……そうね。じゃ、お願いしよっかしら」
「うん♪ じゃーねー、目つぶってぇ」
「はいはい」
言われる通りに目をつぶる。さて、どうするつもりなのかしらね……
「んしょっと……。それでは~♪」
嬉しそうな裕香の声と一緒に裕香のちっちゃな手があたしの顔をさわってるのが感覚でわかる。そして、
ちゅっ。
「ちょ、ちょっと裕香っ!」
「ほらー、おかーさん元気になった♪」
「げ、元気にって……あ、あのねぇ……」
「だって、この前おかーさんおとーさんにしてもらったら元気になってたよ?」
「う゛……そ、それは……」
ううっ、そーいやこの頃裕香の前でキスとか普通にしてたもんね……
「それは?」
「な、なんでもないわよっ。とにかく、そのおまじないは禁止っ」
「えー、なんでー?」
ぷくぅ、て顔を膨らませてあからさまに嫌そうな顔をする裕香。か、かわいひ……♪
「だ、だからねぇ。これは……その、裕香にはまだ早いっていうかなんていうか、こんなこと覚えて見知らぬ人にやっちゃったりしたらそれこそかなりやばいし……えっと、その……」
「だって、おとーさんはやってるよー」
「えっ、と……だから、ねぇ……その……」
ぽりぽりと頭を掻く。うー、困ったな……どうやって説明すりゃいいのかしら……
…………
……ぽんっ(頭の中で手をついた音)。
そーだ、この手があったわね♪
「あのね、裕香。良く聞いて」
「?」
「あのおまじないはね、ソースケじゃないと効果がないのよ」
「おとーさんじゃないと?」
「ええ、そうなの。だから、裕香があたしにしてくれても……悪いとは思うんだけどね、あんまり効かないのよ。だから、ダメなの。わかった?」
「……わかった」
不精不精、て感じにこくりとうなずく裕香。っと、そういえば……
「そーいや、ソースケの奴は?」
「お父さん、まだ寝てるよー」
……まだ、寝てる?
ちらっと時計を見る。現在時刻12時40分。
「……裕香」
「なに?」
「お父さんを起こしてきなさい。遠慮は要らないから」
「うん、りょーかい♪」
ぴって敬礼の真似みたいな事をやってとたとたと階段を登っていく裕香。さてと……コーヒーでも飲みましょうか……
とたとた……
こぽこぽ……
とたとた……かちゃっ……
ずずーっ……
「……ふう」
あー、やっぱりモカコーヒーはいいわねぇ……
すぱーんっ!
『おはよー、おとーさんっ! 今日も良い天気ーっ、じゃ、ないけど……って、あうぅ!?』
『貴様、何者だっ!? 殺気を感じさせないとは、かなりの腕前だなっ! どこの所属だっ、答えろっ!』
『えうぅ、おとーさーんっ! あたしだよ、あたしーっ! ねぼけないでよーっ! てゆーか、首きまってるよっ、痛い痛い痛いっ!』
「……相変わらずねぇー、あの二人……」
二階から聞こえてきた快音と叫び声に耳を傾けながらつぶやく。いうまでもないけど、聞こえてきた快音は裕香のハリセンの音で、叫び声は二人のものだ。
そう、なんでか知んないけど裕香は昔のあたしみたいにハリセンを振りまわすようになってしまったのだ。いや、まあ、なんとなく理由はつくんだけどね。ほら、子供は親の鏡みたいなもんだっていうし……って、それはともかくっ!
できればこんなことまで子供に伝えたくはなかったんだけどね……ま、あたしも今でもたまにソースケの事ハリセンで小突いてるし、しょうがないわよね。
とたとたとた……
おや、降りてきたみたいね。なんか裕香がぶーたれてる声が聞こえるけど。
「うぅー、おとーさんひどいー」
「すまない。少し寝ぼけていたのでてっきり敵かと……許してくれ」
「やだ。許さない」
「……どうすれば許してくれる?」
「えへへ、あのね、あたし欲しいオモチャがあるんだけど……」
「……しかし、かなめに不用意に物を買い与えるなと……」
「あぁー、首が痛いよー、おとーさんのせいで骨にヒビが入ったかもー」
「……善処しよう」
「善処じゃダメだよ、約束」
「……わかった。約束だ」
「ありがと、おとーさんっ♪」
ぱあって顔を輝かせて裕香がソースケのほっぺにちゅってキスする。
「む……」
「えへへ、お礼のキスだよ」
「……なら、こちらもお礼をしよう」
言うなりちゅって裕香のほっぺにキスするソースケ。裕香が嬉しそうに顔をにやつかせたと思ったら、きゅってソースケの腕に抱きついた。
「えへへー、おとーさーん♪」
「……裕香、そうひっつかないでくれ。歩きにくい」
「えへへー、やだー♪」
……やれやれ。
あたしの存在になんかちーっとも気付かないでいちゃついてる二人を見ながら苦笑する。あーあ、本当に恋人みたいで妬けちゃうわよ。
でも、勝手に顔がにやけちゃうのは、やっぱりうれしいからかしらね。
「えへへ、おとーさーん♪」
「裕香……頼むからそうひっつかないでくれ」
「……ほんと、妬けちゃうわね」
まだ階段のすぐ近くでじゃれついてる二人を尻目にコーヒーとミルクを淹れるためにあたしはキッチンに入っていった。
ぽた、ぽたたっ、ぽたっ。
雨が窓を打つ音は、相変わらず続いている。しばらくやみそうな気配はなかった。
やることはない。外にも出れない。
かなり暇だった。
「暇ねー……」
ソファーにぽふってもたれかかりながらつぶやく。
「確かに、やることもないと、意外と暇な物だな」
「あれ? ソースケ……?」
後ろから裕香ととなりの部屋で遊んでるはずのソースケの声が聞こえた。振りかえってみると、
「……ふふっ」
「? 何故笑うのだ?」
「ううん、別にー」
「すー……んー……」
いつのまにか寝ちゃったみたいな裕香をソースケがお姫様抱っこみたいに抱えていた。なんだか、ほほえましい。
「遊びつかれてしまったみたいだな。良く寝てる」
ソースケが自分の腕の中にいる裕香を見ながらちょっとだけ笑って、そっと裕香をあたしの横に人形でも置くみたいに横たわらせる。
「んー……おとー、さん……」
どうやらソースケが出てる夢でも見てるみたいだった。
「まったく、寝てればこんな可愛いのにねぇ……」
ぷにぷにって裕香の頬を突っついてやる。結構やわらかくて面白い。
「……それにしても」
「ん?」
「今月は雨が多いな」
「まあ、そうね……」
ソースケの視線に合わせて、外に目をやる。
雨はまだ降り続いている。ぽた、ぽたと変わらず静かに。
「今、梅雨だしね……。雨も多くなるわよ」
「……そういうものか」
「そ。そーいうもんなの」
気軽に答えて、ソファーから立ちあがって窓に手をやる。少し冷えた、冷たい感触が気持ちいい。
「雨、いつになったらやむかな……」
「……さあな。だが、しばらくは降るだろう」
「……うん。そだね」
窓から手を放して、裕香とソースケの方に向かいなおる。にこって笑って、
「ま、ゆっくり待ちましょっか。待つ時間なんて、いくらなんてあるんだし」
そう、待つ時間なら、いくらだってある。
何分、何時間、何日だろうと、いくらでも――――
「……そうだな」
ソースケがふっとほほ笑み、また窓の外に視線をやる。
雨はまだ降り続いている。
でも、心なしか少し弱まっていたような気もした。
おわり。
あとがき
ごめんなさい、オチてないですね。東方不敗です。多分スランプ気味です。梅雨嫌いです。じめじめするし。
まー、んなことで愚痴ついててもしょうがないんで、まともな後書きでも書いてみましょう。今回は時事ネタってことで、梅雨時期の話を、舞台は未来でお送りしましたー。で、色々ありまして、ほのぼのな雰囲気で書き上げてみましたけど、どーでしょうか? ちゃんとできてますかね? ちょっとでも心が和んでくれたら光栄です。
それでは、またお会いしましょうー。