愛と勇気のイグナイテッド 第2話 by 南 東西
「・・・・・・・・・・・・(ハッと目を見開く)」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(安心したように息を吐く)」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(何ぃ!? とでもい言いたそうな表情で歯を食いしばる)」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(再びハッと目を見開く)」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・(再び・・・・・・)」
「フンッ!!」
スパァァァン! と、正確に芯を捉えた打撃の音が、教室中に鳴り響いた。当事者は言わずもがな、ハリセンを片手に持ったかなめと、殴られた宗介である。もう殆んど日常茶飯事、毎日の恒例行事と化したこの炸裂音に、今更のように反応する者など誰も居はしない。中には、この二人がいさかいを起こす周期を記録し続け、今ではそれによって大よその現在時刻を割り出すことが可能となっている者も居るぐらいだ。まぁ心底どうでもいいことなのだが。
「ん、今の打撃・・・・・・データから計算すると、現在時刻は約十時半か」
「お疲れ。二時限目が終わったんだ。当然だろ」
そんな心底どうでもいい会話を後ろに、かなめと宗介の言い合いは続いていた。
「千鳥、いいかよく聞け、お前はこの書物の素晴らしさを何一つ理解・・・・・・」
スパァァン! と、教室内に二度目の打撃音が響く。
「ん、早いな・・・・・・データからすると、現在時刻は約二時十五分か。しまった、昼食をとり損ねたな」
「まだ二分も経ってねぇよ」
そんな心底どうでもいい会話を他所に、かなめと宗介の言い合いは続く。
「ま、待ってくれ千鳥! 何事も平和的解決が・・・・・・」
「だああぁぁぁもう、うっさい! ・・・・・・あぁ、なんであたしがこんなに怒んなきゃなんないの・・・・・・」
「だったら怒らなければ・・・・・・」
「そう言いながらまたその本を開くな読むな熱中するなあああぁぁぁ!! 大体こんなモン、どうして読もうなんて思ったのよ!!」
バッと本を取り上げて、力の限り叫ぶ。とまではいかないものの、相当な声量であることに変わりはなかった。だが、その声すら聞き慣れたものとして皆が反応を示さないというのは、何か無性に悲しくもある。
「ふむ、先日マデューカス中佐殿から言われただろう? 民間人に溶け込む努力を怠っている、と。それで、一から学びなおそうと思ってな。子供に人気のある書物はないかと、本屋の店員に尋ねたところ、この書物を紹介された」
何故か、何故か自信たっぷりに宗介は胸を張って言った。それに対して、何故か怒りより先に脱力感が襲ってくる。
「もう、いいわ・・・・・・ところでアンタ、ちゃんと先生の話聞いてた?」
「む、何がだ?」
「だぁかぁらぁ、避難訓練のことよ。こんな本に熱中してて、話ちっとも聞いてなかったんじゃないの?」
「ああ、それなら問題は無い。しっかりと準備をしてきた」
へぇ・・・・・・。と、内心感心する。恭子にあんなことを言ったものの、実際宗介が話をきちんと聞いているとは、正直なところ思わなかった。まぁ軍隊に属しているのだから、それは当然のことかも知れない。
「でも、分かってるんでしょうねぇ、ハンカチだけじゃだめよ?」
「ああ、全て承知している」
そう言いながら宗介がまず見せてきたのは、重量感のある、重々しいブーツだった。
「・・・・・・何、コレ?」
一応、訊いてみる。本当に、一応だが。
「ふむ、これはな、現在インドネシア地方の紛争地帯における政府軍が正式採用している第一線用のヘビィブーツで、装甲板とコルク製衝撃緩和剤を交互に組み込むことにより実現されたこの耐久力は極めて高く、並大抵の地雷ではまず足ごと吹き飛ぶということはない。続いてこの制服の下に着込んでいるスーツだが、これは防弾チョッキではなく対爆薬用の衝撃吸収スーツだ。F.B.I.でも正式採用されている代物だぞ。本来は防弾チョッキの下に着込むべきものなんだが、そうすると着膨れしてしまってな、敵に感づかれる可能性が高かった為、中止した。そしてこのガスマスクだが・・・・・・」
スパン! スパン! スパアァァン!!
三度続けて、宗介の頭部をかなめのハリセンが襲った。右に左に打ち分けられるその打撃は、よほどの熟達者でなければできない大技だろう。
「さ、三連携か?!」
「幻の三連コンボだ!!」
まれに見る大技に、一瞬教室中がどよめき立つ。男子女子と分け隔てなく、その技の音に感動している。一方、こちらも。
「今のは、一回としてカウントし、データにすべきだろうか」
「どーでもいいじゃん。あぁ眠ぃ、次の授業サボろっかなぁ・・・・・・」
そして、本題のこちら。
「だぁーもう! やっぱあんた人の話全っ然聞いてないじゃないの! たかが避難訓練なのよ?! こんな重装備する必要がどこにあるって言うのよ!!」
「・・・・・・・・・・・・ないのか?」
「ない!!!」
ダンっと机に手を叩きつけて、鬼の形相でかなめは言った。暫く、それをキョトンとして見つめ返していた宗介が、おずおずと口を開く。
「そうか・・・・・・千鳥、ならば教えてくれ」
「・・・・・・えぇ、いいわよ。必要なものはハンカチと」
「避難訓練とは一体なんなのだ?!」
スパァァァンと、その日で一番爽やかな音が、そこいら中に響き渡った。
「つまり、今日中に火災探知機のベルが鳴り、嘘の火災発生を告げる放送が流れて生徒達を混乱させるので、その中でいかにして巧く自力で校外へと脱出できるかを問われるという、日々の生活の中で染み付いた自堕落を取り去るための訓練というわけだな」
「う~ん、まぁアンタがそれで納得したんならそれでいいけどさぁ」
「しかし・・・・・・嘘の放送が流れるとはどういうことだ? 放送室を占拠でもされたのか?」
「いや、まぁいいんじゃないの、そういう設定でも・・・・・・」
かなめはまた深く溜め息をつくと、自分の席へと戻る。なんだか、酷く疲れた。疲労感とも徒労感とも違う別の気だるさに身体を支配されて、自分の机へと雪崩れ込んだ。それを確認してか、ヒョコっと、見慣れた顔が眼前へと現れる。
「かなちゃん、相良君どうだった? 忘れ物とかしてないって?」
「あーうん。じゅんびはばんぜんらしいよー」
「・・・・・・そう、よかったね」
「Hahahahahaha」
思わず笑い声がおかしくなってしまうが、もう気にしない。というか気にするほどの体力は残っていなかった。こんな状態で三時間目を乗り切れるかどうか、不安だ。
「あれ? 先生来ないよ?」
「ん・・・・・・ホントだ。もう十時半とっくに回ってるっていうのに・・・・・・」
恐らく、宗介とのやりとりで気づかなかったのだろう。時刻は三時限目の始まるはずの十時二十五分を、既に十分以上過ぎていた。次の授業は古文。時間と規則にうるさい藤咲先生のはずだ。あの鬼教師が時間に遅れるなど、天地が逆さになっても有り得ないことだ。
「っていうことは・・・・・・」
「・・・・・・そういうことだね」
見やると、もう皆理解できているようで、瞬時に飛び出せるように身構えている者も少なくない。なぜ避難訓練ごときで競争姿勢にはいるのか理解しかねる部分はあるが、お昼でも賭けているのだろう、とりあえず無視しておくことにする。
その瞬間だった。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ!!!
と、突然耳を裂くようなけたたましいベルの音と共に、火災発生を放送が響いた。音量を最大にしているのであろう、普段の放送とは桁違いな大きさであった。
「あーあーうん! えー只今校舎裏の物置より、火の手が上がりました。生徒の皆さんは落ち着いて行動しぃ、校庭へと・・・・・・出て、て下さい・・・・・・」
「!?」
最後の方の、歯切れが悪いような言い方に、もしや・・・・・・と生徒の間に緊張が走る。先ほど走り出そうとしていた者達も、これには少し戸惑っているようだった。
「いい、ですか皆さん・・・・・・落ち着いて、落ち着・・・・・・ええいもう我慢ならん!!
そこで堰を切ったように、放送室にいるであろう水星先生の口が物凄い勢いで滑り出す。
「いいですか皆さん! 火災とは数ある自然災害の中でも唯一我々人間自身が引き起こすものであり、もっとも避けるべき事故でもあり、その防止や対抗策などが強く叫ばれている社会問題でもあるのです。しかし皆さん、現実はどうでしょうか。タバコ、調理器具、マッチの残りカスなど我々の生活の中においてその火災の原因となるものは数え切れないほどにあります。そしてもっとも解せないのが放火、放火です。いいですか? 今、我々は危機に瀕している。放火という名の、愉快犯一人の下らない遊戯の為に、我々は今全員が共に天への階段を昇ろうとしているのです!!」
「━━━━!!」
宗介の目が、カッと見開かれた。
「どうです。悔しいでしょう、苛立ちが募るはずだ! そう思えば、きっとこの避難訓練はあなた達に・・・・・・ってうわ! なんですか?! な、なぜ私のスピーチの邪魔をって、わ! わぁぁ!!」
ブツンっと、それっきり放送は途絶えた。あまりにミスチョイスな抜擢である。大方、職員室で待機していた事務員の人にでも止められたのだろう。アーメン。
クラス中の者が手を併せて天に祈っていた、その時だった。
バン!!
机に立った宗介が天井に向けて発砲した。こればかりはハリセンと違って、流石に慣れるというワケにはいかない。あまりに突然の銃声に皆が腰を抜かして呆然とする中、すっかり戦闘服に着替えたらしい宗介が、少し大きめの声で言う。
「静かに、冷静になってこちらに注目だ! いいか、我々は今、放火犯の手によって非常に危険な状況に陥っている。だが、無駄な動揺はするな。敵に悟られれば、一気に攻め込まれるぞ! 幸いなことに、ここは室内だ。篭城戦においては、攻め込む方は守る方の四倍の戦力が必要とも言われている。騒がずに守りを堅めて、俺の生還を待て! だが火が回ってくれば、その時は脇目も振らずに逃げろ! いいな?」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ宗介!」
「なんだ? 用件は手短にしろ千鳥」
机の上に銃を携えて立つ宗介を見上げる格好で、かなめは呆れたような声を出す。
「あんたねぇ・・・・・・これは避難訓練なのよ?! 避難訓練! く・ん・れ・ん!! もういいからその銃下げて、あたしらも校庭に急ぎましょ」
「出来ん相談だ。却下」
「ハァ!!?」
「校舎裏物置に放火の上、水星講師を人質にとられたのだ。このまま黙って引き下がるワケにはいかん」
どうやら宗介は妙なところを聞き違った上、妙なところを本気にしているらしかった。先程から銃にビビって動けない他生徒を代表して、かなめは声を張り上げて説明する。
「だぁかぁらぁ何べん同じこと言わせるんじゃおのれは! コレはただの訓練! 火災っていうのも放火っていうのも全部嘘! っていうかアンタさっき自分で納得してたじゃない! 水星先生は話が長すぎるからって他の先生に取り押さえられただけ! 犯罪のにおいなんてこれっぽっちもしないの、イイ!!?」
一気にそこまでまくし立てられて、流石に宗介も圧されているようだった。かなめの突き上げられるような眼光の前に、身が竦んだように机から降りる。その様子を見て、教室中の誰もがホッと息をついた。
「どう、分かった?」
念を押すように、かなめは眼光を更に突きつける。その声は抑えられてはいるが、かなりの怒気を含んだものだった。のだが。
「ふむ。確かに軽率だった。相手の人数が把握できんウチは、俺一人では荷が重いかもしれんな・・・・・・」
「そうそう・・・・・・って、え? え?!」
「よし、千鳥お前も来い!!」
「ちょ、アンタは一体何を聞いてたのおおおぉぉぉ・・・・・・!?」
宗介に担がれて、強制連行さながら連れて行かれるかなめの声が、徐々に遠くなって消えていく。怒りから悲痛なものへと変わっていったその悲鳴を、皆はただ聞いていた。
「うっわぁ、相良君って大胆~!」
一人そうやってはしゃぐ恭子を他所に、他の皆は再び手を併せて天に祈りを捧げていた。
続く