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2014.02.20 11:03

あたたかな贈り物 by にぱ

……………………………。

「うん、ちゃんと出来たよ………うん…」

お気に入りのボン太くん人形を抱いた長い艶のある黒髪を持つ少女は、自室の柔らかいベッドに座って学校で最も仲のいい友人と電話をしていた。

「…うん……明日……絶対に渡そうと思うの…………うん…うん………」

少女の持つ可愛いピンクのPHSからは、友人の黄色い声が楽しそう聞こえてくる。

「うん……だけど……アイツ……あんなだから…うん……そうかな……でも…うん………そうだよね……うん……」

顔を暗くしたり、明るくしたり、青くしたり、赤くしたり……うん秒間の間に少女はくるくると表情を変える。

「わかってる………ん……ありがと、キョーコ……。うん………頑張ってみるよ……」

少女はそのあと友人と二~三言葉を交わしPHSの電源をOFFにした。

「ふぅ~~~。よし、明日のために今日はちゃんと寝るのよかなめ!!」

顔をぱんぱんと両手で叩き、少女はボン太くんを抱いたまま温かな布団に潜り込んで瞼を閉じた。

明日は少女にとって、大切な決戦の日なのだ……。

……………………………。

今日の千鳥かなめは何かがおかしい───。

世界最強の軍事組織《ミスリル》の腕利き傭兵である少年、《ウルズ7》こと相良宗介軍曹は、物凄く漠然とだがそのように感じていた………。

『千鳥かなめの何処がおかしいのだ──?』

と尋ねられれば無器用な宗介には上手く応えることは出来ない。だが、やはり今日の彼女の様子は何処かおかしいと……と宗介は思う。

それもなんというか、自分にだけ………。

まず最初に違和感を感じたのは本日〇八一七時、宗介が登校して直ぐのことであった。

…………………………。

『あっ、カナちゃん相良くん来たよ~~~////』

『えっ、ウソ!?もぅ来ちゃったの───////』

『肯定だ。だが千鳥、俺はたいていこの時間帯に登校していると思うぞ』

『うっ……しっ、知ってるわよそんなこと───////』

『…………そうか』

『そんなことよりね、相良くん。カナちゃんね、相良くんに言いたいことが───』

『わぁぁぁぁぁぁ、何言ってんのよキョーコーーーーー//////』

『どうかしたのか………?』

『なっ、なんでもないわよ//////あっ、そういえばあたし神楽坂センセに呼ばれてたんだわ、うはは大変だいますぐ行かなくちゃ~~~~♪♪』

…………………………。

そうして彼女は疾風のようなスピードで走り去り、一限目のチャイムが鳴り響く寸前まで教室に姿を見せなかった。

他にもこのようなことがあった。

それは一二五〇時、昼食時のことである……。

………………………。

『千鳥、食事中にすまない』

『へっ………。なっ、なに……………/////』

『その、明後日に施行される生徒会行事の件で少々相談があるのだが』

『え……あぁ………その……ごめん………。ちょっと水星先生に用事頼まれてるから……その、悪いんだけどお蓮さんにでも聞いてもらって………/////』

………………………。

そしてこの他にも色々なことがあった……。

週明けに提出することになっている古文の課題について尋ねたくて、かなめに声を掛けようとすると、すぐさま彼女は別の人間に話し掛けてしまった…。

護衛任務のため移動教室の際などにかなめに近付こうとすると、彼女は決まって女子トイレや女子更衣室などに駆け込んで行った……。

クラスメイト達の課題を手際よく集め、それを自分一人で職員室へ運ぼうとする彼女を手伝おうとしたら、偶然にも四組の前を通り掛かった空手同好会主将の椿一成に素早く手伝いを頼み、二人で仲良さ気に会話しながら、すたすたと廊下を去って行ってしまった………。

…………等々、その他諸々他多数である。

これらの悪い状況をどうすることも出来ず、一日はあっという間に過ぎていき、無情にも放課後のチャイムはいつも通りの時間に鳴り響いた。

結局かなめは、宗介と少しも話しをすることなく教室から居なくなってしまったのであった……。

…………………………。

今日一日に起こった出来事を宗介は沈着冷静に繋ぎ合わせ、何度も何度もかなめの言葉や態度の真意を理解するために吟味してみた。

だが、どのような方向から推理し考察しようとも、最後に辿り着く結果は結局同じもので、
彼がなによりも恐れ、最もそうであってほしくないと願う解答であった………。

『とどのつまり。《ミスリル》のエージェント相良宗介軍曹は、彼の同級生であり、護衛対称でもある少女、《エンジェル》こと千鳥かなめに、酷く疎まれ、激しく避けられ、どうしようもない程に嫌われている──────』

そのように判断するしか出来ないという事実に、宗介自信も薄々ではあるにしろ気が付いていた………。

……………………………………。

「相良くん」

聞き慣れた男の声で、宗介はハッと我に返った──────。

現在一七四二時、場所は陣代高校生徒会教室。

明後日に施行される生徒会行事の最終準備のため、宗介は自分に与えられた職務に従事している真っ最中であった………。

カシャ、カシャ、カシャ、カシャ──────。

両面印刷され七枚一組に纏められている紙の束を、ホチキスでひたすら留めていくという非常に重要且つ忍耐のいる作業(?)。
宗介の両手は無意識のうちにその不毛な作業を、まるで性能のいい機会のように淡々とこなしていたのだ。

そう、ホチキスで留めた用紙を、ひたすら上へ上へと重ねてい…………むっ、上だと?

ここまできてようやく、宗介は自分の眼前に渦高く積み上げられた用紙の束が、今にも倒れそうだとばかりにぐらんぐらんと揺れ踊っていることに気付き、目を丸くしたのである。

「──────────────────Σ!!!!???」

宗介はすぐさま立ち上がり、どうやって積み上げたのか想像も付かない高さになっている紙の束を、各クラスの人数分ごとに手早く小分けにした。

…………危なかった。あと一足行動が遅れていたら、危うく大事になるところだった。

内心ほっとした宗介はそれをまったく態度に表すことなく、陣代高校第五十三代生徒会長である年甲斐にもなく非常(異常といってもいいだろう)に貫禄のある青年、林水敦信に向き直りピッと敬礼した。

「御指摘感謝致します、会長閣下」

胸を張った直立不動の体制で、宗介はなんとも若者らしくない、堅苦しい礼を林水に述べた。

林水はそんな彼の様子を眺め、真鍮縁の眼鏡のブリッジを細長い中指でくいと押し上げる。たったそれだけの動作からも、林水からは年相応とはとうてい思えないような謎の威厳が感じられる。

「いや、指摘などしたつもりはないよ。君は普段どおり非常によく行動してくれている。感謝こそせよ注意など何の必要もないと私は感じている」

校内でただ一人白いウール製の詰め襟を着込んだオールバックの青年は、切れ長の目を宗介に向けて小さく微笑んだ。
怜悧な風貌を持つその青年には、まるで何処ぞの巨大組織かに属する重幹部のような凄みがある。

「はっ、恐縮であります。会長閣下!!」

そして、針金でも入っているのかと思う程背筋をしゃんと伸ばし、相変わらずのむっつり顔で林水に対峙しているのは当然宗介である。

この二人の男達の会話は、絶対に普通の高校生間の遣り取りではなかった……。

どちらかというならば、マフィア映画に登場する幹部と部下か何かの(間違いなく怪し気な)遣り取りだ。というかそちらの方がよっぽど近い………。

だがそのような突っ込みを入れる生徒達は、今日の生徒会室には一人も居ない。

そこそこ珍しいことなのだが、今日は宗介と林水の二人以外誰も生徒会室にやって来ていなかったのだ。陣代高校副会長である千鳥かなめも、今日はまだ生徒会室に顔を出していなかった………。

「今日は自分達以外、誰も来ませんでしたね……」

朱い夕焼けに染まる校庭の中、決死の形相で練習に励むラグビー部員達を、生徒会室の窓から何処か誇らし気な瞳で見つめながら宗介は言った。

「あぁ、皆それぞれ予定が入っているらしい。美樹原くんも済まなさそうにしていたよ」

林水は広げた扇子で自らを扇ぎながら、時にはこのような日もあるよ、と何でもないことのように言って、珍しくごく軽めに会長椅子の背も垂れに寄り掛かった。
安全保障問題担当・生徒会長補佐官なる奇妙且つ怪し気な役職を林水本人から授かった男は、日々の膨大な業務で閣下も流石に疲れているのだろう、と気を付けの体制を崩すことなく思った。

「だが、今日は君が居てくれて本当に助かった。流石の私でも校長に提出する資料に手を付けつつ、そちらの厳封作業に身を投じることは出来かったからね。本当に感謝しているよ」

信頼し、尊敬する林水から突然謝辞を述べられ、宗介は少々照れたように顔を赤くする。

「その、恐縮です…………////」

姿勢を正したまま鼻の頭をぽりぽりと掻く生真面目な後輩を見やりながら、林水は小さく微笑んだ。

「相良くん、君はもう十分に働いてくれた。残りは私一人でどうとでもなる分量だ、もう帰宅するといい」

扇いでいた扇子をぱたんと閉じ、林水は椅子に寄り掛けていた体を音もなく起こした。

「しかし会長閣下、自分はまだ職務の全てをこなしたわけではありません。職務の途中放棄は所属するチーム、延いては組織にまで甚大な影響を与えかねません。
閣下のお気持ちは痛み入りますが、自分はこの厳封作業のすべてを片付けるまではホームに帰投する気はありません」

申し訳ありません、と律儀に敬礼する宗介。

林水は彼がそう言うだろうと分かっていたとばかりに、腕を顔の前で組み悠然と言葉を続ける。

「ふふ……やはり相良くんだな、それでは仕方がない………。私は君に新しい任務を与えることにしよう、最優先事項の任務だ。頼めるかな?」

「はっ、閣下の御命令とあらばなんなりと慎んでお請けする所存であります」

「そう気を張ることはないよ。最優先事項とはいってもごくごく簡単な任務だ……。
 だが同時に重要でもある。任されてくれるかね」

「はっ、自分の持てる全ての技能を用い、見事任務を完遂してみせます。サーーーッ!!」

力強く応える宗介の瞳を見据え、林水は普段通りの落ち着いた口調で切り出した。

「分かった、では任務の内容を説明しよう」

…………………………。

「─────はっ?」

林水からの与えられた新たな任務の内容を聞いて、珍しく素頓狂な声を出して宗介は目を丸くするのであった。

…………………………。

今日という日を始めからやり直したい……。そうでなければ、もう今日という日の総ての出来事を無かった事にしてしまいたい………。

千鳥かなめは今まさにそんな気持ちでいっぱいだった。

「はぁ~~~~~~~~……………」

1月の冷えた教室の中、かなめは自分の机に倒れるように座り込み、激しく項垂れていた。

「なんで……どぅしてあたしってヤツは………こうも………………」

頭を両腕で抱え、本気で後悔しようともう遅い。完全に後の祭である………。

嫌われた、今度ばかりは絶対だ…………。

自分が本当に駄目な人間なんだとここまで痛感したのはいつ以来だろうか………。というか今日の自分の行動はいったいなんだったのだろうか?
思い出しただけで腹が立ってくる、かなめ自身が起こした数々の奇行。それは自分の体がやっている事なのに、自分の心は今日取った行動の一つだってやりたいとなど感じていなかった。むしろ、

『お願い、お願いだから今日だけは止めて~~~!!!???』

と何度となく、頭の中ではストップをかけ続けていたというのに………。
しかし止まることなど一切なく、ブレーキどころかアクセルを全快に吹かしたまま、かなめは負のゴールへ全速力で突っ走ってしまったのである。

「うっ………せっかく………………」

青色の可愛い紙袋をギュッと抱き締め、誰もいない教室でかなめはぶつぶつと自分のことを罵倒し続ける。

この日のためにかなめが冬休みの半分以上を返上して用意した計画は、全て彼女自身の遅した行動のせいで水の泡となった。

「……うぅっ……ホント……なんで…どして……………////」

かなめはほとんど半泣きの状態で、冷たい木机に額をぐりぐりと何度も何度も擦り付けた。

…………………………。

ひどく頭を悩ませながら宗介は誰もいない廊下を一人歩いていた……。

「むぅ……。会長閣下は、いったい俺に何をさせるつもりなのだ………?」

彼の悩みの原因は先程林水に与えられたばかりのとある任務内容にあった……。

それは遡ること数分前──────。

『これから直ちに2年4組に向かい、とある生徒を助けてやってほしい』

『────────────!!?了解しました、直ちに救助活動に向かいます。
可能ならばその生徒の名前と学年クラス出席番号、身体適な特徴、そして敵の実戦経歴、主武装などを可能な限り教えていただけると助かります』

『ふふ、そういった物騒な話ではないよ。敵などいはしないし、その生徒が危険な目にあっているというわけでもない……。どちらかといえば、もっと精神的な面で複雑な問題なのだ』

『………では武器や銃器の類は必要ないということですか?』

『ああ、必要ない。君の体一つをその場に持っていってくれれば、それで充分だ』

『俺の身体をですか………?』

『ああ、君でなければならない。他の者には決して任せられない…………』

『…………………………?』

『任務の遂行予定時刻は18時ジャストだ。いつものようにスマートな結果を期待しているよ、相良くん』

…………………………。

結局林水は宗介に詳しい任務内容や、助けを求めている(?)生徒の情報を告げることなく、自分の残りの仕事をこなし始めてしまった。
そして色々ぐだぐだと悩んでいるうちに作戦決行時刻が差し迫り、仕方なく生徒会室を後にすることとなった。そして、今現在に至っているというわけだ………。

「むぅ………。武器どころか通信機の類も使わずに行う作戦行動など、この時世にありえるのだろうか…………?」

沈思黙考しつつ宗介が2年2組辺りまで差し掛かった時であった………。

『ふえぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~ん!!!/////』

その聞きなれた少女の泣き声は、一瞬で宗介の鼓膜を震わせた。

「千鳥っ──────────────Σ!!!??」

考えるよりも先に、宗介の体は動き出していた──────。

目的地までの残り短い廊下を全速力で駆け抜け、宗介は閉まっていた教室の扉を体当たりしてぶち破った。

「千鳥っ、無事か──────!!!!」

2年4組の教室をざっと見回すと、すぐにぽかんとした表情で宗介を見ているかなめと目が合った。

「うっ……うえ………なんで……ひぅ………ソースケが………ひん………?////」

頬は真っ赤で、目は充血し、顔中涙でぐちゃぐちゃに濡れまくっていたが、とにかく怪我などの類はしていないらしかった。

それを遠めに確認した宗介は激しく安堵する………。

一方のかなめは鼻をぐずぐずいわせながら、突如扉をブチ破って教室に現れた護衛けん同級生に尋ねる。

「…宗介……あんた………ひぅ……どして………ここに……………」

自分でもまったく何故だか分からないが、かなめのその問いに対して宗介はひどくムッとしてしまう。

「俺は君の護衛だ、君の叫び声を聞いて飛んで来ないわけがないだろう!!」

いつもの三倍は激しいむっつり顔(というかしかめっ面)で、宗介はなんとも突慳貪に応えた。自分でも少々刺々し過ぎただろうかとも思ったが、どうにも普段のように感情の制御が上手くできない。

「……そうだよね。あたしあんたの護衛対象だもんね………。なんかごめんね……。その、迷惑ばっかかけちゃって…………」

かなめはいつものように宗介に言い返すことなく、素直に自分の非を認める。心底申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べ、暗い表情を作り黙ってうつ向いてしまった………。

「……………………………………」

辛そうに俯くかなめを見ていて、宗介は心苦しくなる。自分は別に、かなめのあんな寂しそうな顔を見たいわけではない。ただいつものように明るく笑っていてくれたら、それだけで満足なのに………。

いや……本当のことをいえば、それだけで満足なのかどうかはよく分からない。
だが、宗介が好きなのは、間違いなく元気に笑うかなめなのだ。彼女の優しい声が、温かい言葉が、日溜まりのような笑顔が、なによりも好きなのだ。

「はぁ…………………」

と長く小さな溜め息を吐いて、宗介は腕を組んでかなめを見つめた。とりあえず、少なくともこれだけは彼女に言ってやらなくては気が済まない────!!!

「千鳥─────。君は勝手に誤解しているようだが、俺は君がたんに護衛対象だからという理由だけで君を護衛しているわけではないぞ」

宗介の言葉に驚いたかなめが顔を上げる。
が、すぐに暗い表情……というか泣き出してしまいそうな表情になって、潤んだ瞳で宗介を睨み付ける。

「じゃあ………ぐす………なんれ……あらひを…………守ってくれたり………するのよ……ひぅ…………………/////」

顔を真っ赤にして、瞳をジワッと潤ませ、鼻をずるずるいわせるその姿は、まるで道端で転びひざ小僧をすりむいてしまった小学生のそれである………。

「……………………////////」

理由はまったくもって不明だったが、かなめのそんな姿を見ていて宗介の心臓はどくどくと高鳴っていた。

普段はお姉さん風を吹かせて、宗介やクラスの友人達をまとめ上げているかなめが、今は幼い子どものように目鼻を赤くしてしゃくり上げている。その姿のなんといじらしく、愛らしいことだろう………。

なんというか、本当に色々たまらないくらいにかわいらし過ぎる…………。

「…………………………………(滝汗/////」

何故かは分からないが、宗介には今のこの胸の高鳴りがかなめに対して物凄く失礼なもののように感じられた。なので、頭をぶんぶんと左右に振りまくって、脳の中にあった雑念(というか煩悩?)をどうにか払い落とした。

「はぁ………………………/////」

心を落ち着けるため目を閉じ、深い深呼吸をする。息をゆっくりと吐き出した後、宗介は勇気を出して切りだした。

「俺は君が……その………なんというか………千鳥だから護衛しているのだ……////」

「はっ……………?」

目の端に溜っていた涙を手で拭いながら、分けが分からないといった感じでかなめは首を傾げる。

宗介は顔を赤くしてく、天井を見遣りながら、

「…俺は……その……君の側に、千鳥の側にいたい……。だから……俺は自分の手で、君を守りたいのだ………////」

どもりながらもなんとか言葉をつむぎ続ける。

「俺は君と一緒にいられる時間を、おそらくだがとても楽しいと感じている………。今まで一度も感じたことのないたくさんの気持ちを、君は俺にくれたからだ。
安らぎなどという形のないモノを知ったのは、本当に始めてだった……嬉しかった。何かをしている時もそうでない時も、千鳥と一緒にいられる時間はいつでも俺にとっては幸福な時間なのだ////」

「………………………/////」

かなめは驚き過ぎて、言葉もなくただただキョトンとしていた。
まさか宗介が自分をそのように思ってくれているなんて思いもしなかったからだ………。宗介の言葉になんと応えていいのかわからず、ただただ赤くなったまま彼の話に耳を傾ける。

一方宗介の方は喋っていて急になにか思い出したのか、突然肩をすぼめ自分の足下に視線を落としてしまった。

「もっとも、君は俺に護衛を辞めて欲しいと願っているのだろう……。何度となく迷惑をかけてきたのだ、それも当然だろうと思う」

「へっ……………………なんで?」

物凄く深刻な面持ちで語る宗介に反して、かなめは物凄く素鈍狂な声をあげる。彼の言っていることがあまりに的外れ過ぎて、何を言っているのかなかなか理解できなかったからだ。

そんな呆然としているかなめをよそに、深い溜め息を吐いて再び彼女を見つめる宗介。その黒い瞳には、濃い落胆の色が伺える。

「今日一日の君の態度を見ていて確信したのだ……。その………君が俺を激しく嫌っているのだ、とな……………」

その宗介のあまりにも呆けた一言に、かなめは一気に頭がカッと熱くなり、

「なっ──────Σ!!!??ちっ違うわ、勝手に勘違いしないでよ/////」

椅子が後ろに弾き飛ぶくらい勢いよく立ち上がり、自分の机を握り拳でゴンッと殴りつけた。しかし、宗介はそんな彼女をなおも絶望的としかいいようのない瞳で見つめると、

「いいのだ……無理をしないでくれ千鳥。護衛を交代することはできんが、これからは出来うる限り、君の視界に入らんようには留意する。なのでこの辺りで譲歩してくれると、俺としては非常に助かる…………」

見ていてなんとも痛ましくなる面持ちで、ゆるゆると頭を下げた。

そんな陰鬱マックスな彼とは対照的に、宗介のあまりにも激しくふざけた勘違いっぷりに、かなめの怒りはいきなり頂点に達した─────。

「こぉんの、万年唐変ボク念仁がぁ~~~~~~~~~~/////」

─────スパ~~~ンッΣ!!!!??

かなめは物凄い勢いで宗介との間合いを詰めると、彼が下げた頭を上げるよりも早く、何処から取り出したのかまったく分からないハリセンで、宗介を床に叩き付けた。

「むぐぅわぁ──────Σ!!!??」

いきなりの素晴らしすぎる不意打ちをもろに食らった宗介は、当然為す術もなく、固く冷たいリノリウムの床と激しい接吻を交わすこととなった。

「いっ……痛いじゃないかちど───────」

「どヤカマシイッ──────!!!こんの大馬鹿むっつり最凶朴念仁。
なにがっ、『君は俺を嫌っているのだろう……』よ!!!!なにがっ、『君の視界に入らないように留意する……』よ!!!!!ふざけんじゃ……ふざけんじゃ──────」

かなめは大声で叫びわなわなと体を震わせると、横にあった教卓を片手でひっ掴み、宗介の眼前で力一杯高々と持ち上げて見せた。

宗介も流石に目を丸くし、彼女を制止しようとするが、

「まっ、待ってくれ千鳥Σ!!!?流石にソレは洒落になら──」

「ふざけんじゃねぇわよぉ~~~~~~~~~~~~!!!!!!」

言葉はかなめの耳に届くことなく、教卓は全力で大バカ朴念仁の体に振り下ろされることになった。

…………………………。

泣き疲れ、叫び疲れ、怒り疲れ、暴れ疲れたかなめ嬢は、ばらばらになった教卓の破片に潰された宗介の前にヘナヘナとヘタリ込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ………………/////」

今日という一日は彼女にとって精神的にも肉体的にも本当に長く、疲れる一日となった。だがしかし、

「はぁ~、なんかすっごくスッキリしたぁ~~~/////」

今のかなめの顔はいつも通り元気いっぱいで、実に爽やかで晴れやかなものである。

「……なにが……どうなって、こうなっているのだ……………?」

一方。未だ立ち上がることさえままならない、満身創痍の相良軍曹殿はといえば、背中に大量の瓦礫を背負ったうつ伏せの状態で、なんとかそれだけ口を利いた。

「バァ~カ。そーゆーことはね、しっかり自分の頭で考えなさい、分かったっ!!!あと、あんたが壊した扉と教卓、月曜日までにはなんとかしときなさいよ」

扉はともかく、教卓は完全に君のせいではないのか…………?と突っ込む気力さえも、今の宗介にはなく、

「………任務……了解…………」

そう一言告げるのが、やっとだったという…………。

「じゃあ、あたしは先に帰るからね………っとその前に////」

────────────ぽふんっ!!!

宗介の頭に突然何かが落ちてくる。

「…むぅ……。いったい今度はなんだというのだ………?」

頭に手を遣り頭上から降ってきた物を掴み、顔の前にソレを持ってくる。見てみると、ソレは丁寧にラッピングされた青色の紙袋だった。

「……この包みは………………?」

青色の紙袋を握り、分けが分からないといった感じでかなめを見上げる宗介。彼女はそんな宗介から視線をそらせ、自分の鼻の頭をポリポリと掻くと、

「それクリスマスにあんたがくれたラピスラズリの………てゆーか、いつものお礼。その………寒い日はソレ着けて登校しなさい/////」

それだけ言ってその場から素早く立ち上がり、そのまま自分の席まですたすたと歩いて行き、机にひっ掛けておいた通学用鞄を取り上げた。

「………ぐぅ…………………………」

一方こちらは両手を地面に押し付け、腕立て伏せするみたいに上半身だけでもなんとか体を持ち上げようと試みる宗介。

あれだけ激烈な打撃を食らって早くも起き上がろうとするとは、流石《ミスリル》に雇われるエリート傭兵だけのことはある…………。

「……待ってくれ………千鳥……。 着けろとは……いったい………どういう………?」

刹那、かなめの柔らかな頬がポッと赤に染まる。

「えっ……だからその………首に巻いて……………/////」

ぶつぶつとなにごとかを呟いたあと、かなめはブンブンと頭を振った。

「てゆーか見りゃ分かるから、後はしっかりと自分の頭使って考えなさいっ!!!それと、あたしの護衛があんた以外の奴に代わったら、絶~~~対に許さないんだからね!!!!」

りんごみたいな真っ赤な顔でそう吐き捨てるように叫ぶと、かなめは宗介をその場に残し、逃げるように教室から走り去っていった。

…………………………。

現在時刻一八二四時、日はもう完全に傾いている………。

かなめが教室から立ち去っていった少し後、宗介は近場の座席に腰を下ろし、彼女に渡された紙袋の中身にようやく手を伸ばした。

「むっ……なんだ…………?」

青色の紙袋から出てきたのは、濃い緑色をした細長くふわふわとした毛糸で出来た物体。俗にマフラーといわれる代物であった。

成る程、着けて来いとはそういう意味だったのか…………。

宗介は納得すると、自分以外誰もいない教室で一人こくこくと頷く。と同時に、少しばかり頬が熱くなる。

「コレを彼女が俺のために選んで………………/////」

ぼんやりと目の前のマフラーに見入っていた時…………………。

─────ブゥブゥブゥ………………。

マナーモードに設定していた携帯電話が、突然くぐもった電子音を響かせる。
ハッと我に返った宗介が慌てて通話ボタンを押すと、聞き馴れた友人の細い声が彼の耳に届いてきた。

『あっ─────もしもし相良くん。常盤ですけど、今電話して大丈夫かな?』

電話をしてきたのはかなめの親友で、宗介のクラスメイトでもある常盤恭子であった。

「ああ問題ない、大丈夫だ────。それよりどうかしたのか、君が俺に電話してくるなど珍しいな。何か問題ごとか?」

『うん。あのね……今日のカナちゃんのことで相良くんに電話したの………』

「千鳥のことで………………」

とてつもなく深刻そうな恭子の声に、宗介は生唾をごくりと飲み込む……。いったい彼女に、千鳥に何があったというのだ。あの後(教室から出て行った後)、彼女の身に何かが起こったとでもいうのだろうか…………?

宗介は心して、次に続くであろう恭子の言葉を待った……………。

『あのね、相良くん……。今日のカナちゃんこと、許してあげてほしいの!!!』

「…………はっ………………………?」

まったくもって予想していなかった……というか、あまりにも的外れな恭子の一言に、宗介は自身にもそうだと分かるほどマ抜けな返事を返してしまった…………。

『今日のカナちゃん確かに相良くんに対してあんまりな態度だったし、いっぱい酷いことしてたと思うの……。でもね、カナちゃん本当はあんなことするつもりなんて絶対なかったんだよ………』

「その……常盤………………?」

宗介は激しく困惑していた。

彼には、恭子の話がまるで分からない………?
いったい自分にかなめの何を許せと言っているのだ…………?

というか、先ず自分はかなめに対してなんの怒りも感じていないぞ……………?

『だってねカナちゃん今日のために一週間以上も前から一生懸命準備してたの、相良くんに喜んで貰いたくて、休みの間毎日毎日ずっと頑張ってたの……。だから───』

「一週間以上も……?待ってくれ常盤、話がよく────────」

『お願い、お願いだからカナちゃんのこと許してあげて。お願いだからカナちゃんを嫌いにならないであげて─────!!!!』

今にも泣き出しそうな声で懇願する恭子に、脂汗をだらだらと流し困惑する宗介………。

「…いや……それはもちろんそのつもりなのだが…………(汗。
そんなことよりも常盤、マフラーの準備に一週間以上もかかったとはいったいどういうことなのだ?」

『へっ……マフラー貰ったの。カナちゃんから………?』

携帯電話の向こう側に居る友人が、きょとんとした顔をつくっているのが宗介には確かに見えた。

「肯定だ。先程千鳥から渡された包みの中に、深緑色のマフラーが入っていた」

『……………………………………』

「………………常盤?」

『…………なぁ~んだ、上手くいってたんだぁ~。あははははは、もぅ心配して損しちゃったよぉ~~~/////』

暫く恭子からの反応が返ってこないので不思議に感じていたら、彼女は突然明るい声を出して笑いだした。

まったくもって何が何やら……………。

「むぅ……。よく分からんが何やら心配させていたようだな。済まなかった。
────ところで話を戻すのだが、何故千鳥はマフラーを“選ぶ”のに、一週間以上もかかってしまったのだ……?」

『……へっ………選んだ………………?』

「むぅ……いくらなんでもマフラー一枚を選ぶのに、一週間以上もの時間を要するのだろうか………。より防弾性の高いモノを探し求めてくれていたため、とか…………?」

『ねぇ、相良くん。一応聞いておきたいんだけど……それ大真面目に言ってたりするのかな…………?』

「当然だ。俺はくだらんジョークなど好まない主義だからな」

クソ真面目かつ馬鹿正直な宗介の言葉を聞いた恭子は、本日幾度目かになる物凄~~~く深い溜め息を吐いた。

『はぁぁぁ……。カナちゃんもカナちゃんだけど、やっぱり、相良くんも相良くんなんだよねぇ……………(汗』

「………………どうかしたのか常盤?」

宗介はまた、携帯電話の向こう側にいるトンボ眼鏡の友人に首を傾げる。どうやらその鋭い友人にも、宗介の頭に浮かんだ?マークが見えたらしい。

『ううん、いいのこっちのこと………でもないけど。それよりね相良くん、カナちゃんがマフラー用意するのに一週間以上も時間がかかった理由は、別に防弾性の高いマフラー選んでいたからとか、お店で選ぶのに時間がかかったからとか、とにかくそういう理由じゃないんだよ』

「むっ………そうなのか、ならば何故だ?」

それなら尚更分からない。他に何か重大な理由があったというのだろうか………?
宗介が元来たいして持ち合わせていない想像力とやらを、彼の脳内で懸命に働かせていたときだった……。

『ん~~~………仕方ないね。たぶんそのままじゃ一生埒が明かないだろうから、相良くんにヒントだけはあげるよ』

恭子は悩める宗介に優しく助け船を出してあげた。

しかしながら、『”一生”というのは、少し言い過ぎではなかろうか………』と、心の片隅でむっつりとそう思う相良軍曹でありました。

…………………………。

『こほん………。あのね相良くん、あたしとカナちゃんさちょうど二週間くらい前、つまり冬休みの始まった頃に、三ヶ月くらい前にできたばっかりの手芸屋さんに行ったの』

宗介は恭子の発したとある一言に眉根を寄せる。

「シュゲイ屋…………それはいったいどんな店なのだ?」

アフガンやレバノンといった戦地で幼少時代の大半を過ごした宗介には、あいにくそのようなマイナー(?)な日本単語の意味など知る由もない。恭子もすぐにそのことを察したらしく…………。

『あっそうか、相良くん帰国子女だから手芸屋さんって言ってもどんなお店か分かんないよね。う~ん、そぅだなぁ~………。すっごく簡単に説明するとね、手芸屋さんっていうのは編み物するための道具とか、手作りのお人形作ったりするためのキットとか、とにかく家庭科の裁縫の授業なんかで使いそうな道具を置いているお店なの………。この説明でなんとなく想像できるかな…………?』

…………成程。だいたいだがイメージは出来た。ようはハンドクラフトの専門店といったところなのだろう。
宗介は納得して、誰も居ない教室で一人またこくこくと頷く。

『とにかくそのお店でね、カナちゃんは綺麗な深緑色の毛糸玉を見付けたの。「この色きっとアイツに似合うと思うな………/////」ってあたしに言ってね、その毛糸玉とマフラーの編み方の載った本を持って、お店のレジにニコニコしながら走っていったんだよ////』

恭子はその日の様子を鮮明に思い出しながら、とても楽しそうに宗介に語った。

それと同時に、宗介の頭の中でバラバラだったパズルのピース達が、かちかちと小気味の音を立ててあるべき場所に填っていく。

つまりだ…………………。

かなめが二週間前に手芸店とやらで購入したのは深緑の毛糸玉で、その時同時購入したのがマフラーの作製方法が記された書物。マフラー作製に要した期間は約一週間と少しだったようなので、きっと冬休みの間中ということになる。

そして、今日はちょうど冬休みが明けた一日目………。

ついでに言えば、今ちょうど自分が手にしているのは、彼女に手渡されたばかりの深い緑色の毛糸で編まれた、柔らかなマフラー…………。

「………………───────────────(ぼんっΣ!!?/////」

相良宗介は実に遅かりながらも、ようやく事の真相を“間違いなく正確に”理解し、同時に一気に赤面したのであった。

これは……。この深緑の柔らかなマフラーは、千鳥かなめが購入したの物品ではなくて、自分のために彼女自身の手で製作してくれた………。

『んふふぅ~~~、世に言う手作りマフラーってヤツだよねぇ~。さすがの相良くんでも、コレだけヒント言えば分かっちゃったよねぇ~~~~//////』

目になど見える筈ないのに宗介には確かに、携帯電話を片手に口角を『にや~~~////』っと吊り上げている常盤恭子の笑顔がハッキリと見える……。
そして彼女にもきっと、宗介の茹で蛸のように赤く染まった、脂汗だらけの顔面がばっちりと見えていることであろう………。

…………………………。

もしも今このとき、誰か他の人間が2年4組にいたとしたならば、相良宗介という青年の時間は、携帯電話を耳に当てがったまま、完全に停止しているように見えたことだろう。さながら石像か何かのように………。

──────だが、それは大きな間違いである。

何故ならば、ただ今相良宗介の脳内環境及び体内環境は、文字通りの大パニックを引き起こしていたからである!!!??

「……………………………………(滝汗!!!//////」

顔面及び全身が熱く火照り、体からは激しく発汗している。呼吸は乱れ、瞳孔も狭まり、心臓は早鐘のように鳴り響いている────。
何も言葉が浮かばず、次の行動が分からず、頭が上手く働かず、どうすればいいのかまったくもって分からない───/////

──────俺は。俺はいったいどうすればいいのだっ!!!??////

…………《ミスリル》のベテラン庸兵たる彼がこの動揺っぷりである。
こんな激しく動揺しまくった宗介の姿を、もし彼の“お仲間”達が見たのであれば、 皆いったいどのような表情を作り、どのような感想を述べたことだろうか……?

『ふふふ…………大丈夫だよ。相良くん』

宗介が暫くの間沈黙していると、恭子はとても温かな声でそう言った。

「常盤…………………?////」

宗介には、恭子が何を言いたいのかまったく分からない。

だがしかし、これっぽっちも根拠などないけれど、何故か宗介にはその友人の一言がとても信頼出来るもののようにも思えたのだ……。

『だってさ。相良くんはもう、自分が“何をすればいいのか”、そして“これからどうしたいのか”がちゃんと分かってる筈だもん。
だから、絶対に大丈夫だよ。あとはほんのちょっと勇気を出すだけ。そしたら、きっとみんな上手くいくから////』

─────みんな上手くいく、自分の勇気一つで。

恭子のその言葉を聞いていて、自分の頭を覆っていた深いモヤのようなものが、綺麗さっぱり消え失せていることに宗介は気が付いていた………。

「…………………………………はぁ/////」

顔や体は未だに熱い。脈もかなり速いし、激しく緊張だってしている………。

だが、宗介は同時に、何故か胸の奥が激しく高揚していることも分かっていた。自分が次に何をすべきか、何をしたいと思っているのかがしっかりと分かっている。

今自分が最も優先して行わなければいけないことは、そして、俺自身が一番したいと感じていること、それは────────!!!

「常盤非常に助かった、本当に感謝する───。後日コッペパンでも奢らせてくれ」

心からの感謝を込めて宗介がそう言うと、恭子は可笑しそうにくすくすと笑う。

『あはは、わたしはコッペパンよりも、おはいお屋さんのトライデント焼きの方がいいかな。あっ、もちろんカナちゃんと二人分だよっ♪♪』

気の置けない友人の一言に、思わず宗介の頬まで緩んでしまう。なんというか……いまのは実に恭子らしい応えだと思う。

「ああ、あの店の焼き菓子だな。了解した」

『うん、約束だよ。──────それじゃあ相良くん、このあと頑張ってね/////』

宗介はかなめに貰ったマフラーをギュッと握り締め、

「大丈夫だ、問題ない───────────!!!」

優しいお下げ髪の友人に、力強くそう応えた。

…………………………。

いまの時間は、ちょうど午後七時半を回ったところ……………。

学校から帰宅したかなめは、すぐにシャワーを浴びて、家着に着替えた。学校の宿題はまだ出ていないし、どうも夕飯を食べたい気分でもなかった。
だからとくにやることもなく、早々と自室のベッドにころんと転がり、何をするでもなくただのんびり自室の天井を眺めていた。

「はぁ~、なんか今日は疲れたなぁ………………/////」

一週間以上掛けて作りあげた手編みのマフラーをあの戦争バカな朴念仁に渡すために、今日のかなめはえらく苦労するはめになってしまった。

…………まぁ半分以上自分のせいではあるのだけれど。

「でも……ちゃんと渡せたんだから充分だよね/////」

傍らに置いてあったボン太くん人形をキュッと抱き締め、かなめはそっと目を閉じる。

あのマフラーを宗介に渡せて凄く満足しているし、ちゃんと『いつものお礼』だと自分の本心を伝えられたことも嬉しく思っている。

でも本当のところをいえば、

『ソレあたしの手作りマフラーなんだから、ちゃんと大事に使いなさいよね───/////』

そんな風に言いながら、アイツの首に自分の手であのマフラーを巻いてあげたかった………。後悔……とはぜんぜん違っているけれど、それだけがほんの少し残念ではある。

だけど、あれが自分なりの精一杯だったともやっぱり思う。
おそらく、どうしようもない朴念仁である宗介には、あのマフラーがかなめの手作りだということに気付くことはできないだろう。けれど、間違いなく喜んではくれたと思う。

とりあえず今はそれだけで、かなめは本当に満足していた………。

─────────ピンポ~ン。

かなめがふかふかのボン太くんを抱いたまま心地よくうとうととまどろんでいたとき、玄関口で誰かが彼女の家のドアホンを押す音が聞こえてきた─────。

「うん……。誰だろ、宅配便かしら……………?」

かなめは近くにあったレモン色のカーディガンを羽織ってベッドから下り、長く艶のある髪をシュシュで一つにまとめながらいそいそと玄関へ向かう。

──────────ピンポ~ン。

二度目のドアホンが鳴り響くのと同時に、かなめは玄関の鍵を外して扉を開いた。

「はいはぁ~い、どちら様ですか~………って。あれ、ソースケ────?」

玄関の扉を開けると、其処にはかなめがまったく予想していなかった人物……二時間くらい前まで、一緒に学校にいた護衛兼クラスメイトな男、相良宗介がいつものむっつり顔で立っていたのだ。

それも……今日かなめ自身が彼に手渡したばかりの、あの深緑のマフラーをしっかりと首に巻いて。

「その……。なんの連絡もなしに、いきなり夜分に訪ねてしまってすまない………。もう、休んでいたのか…………////」

宗介はかなめの未だ乾き切っていない艶のある黒髪を一見してそう思ったのか、少し気まずそうに瞳を泳がせる。

時間がまだあまり遅くないとはいえ、一人暮らしの女の子の家に、なんの誘いも受けていない男が連絡もなしに訪問することがあまり常識的でないということは、さすがの宗介でももう理解できているのだ。
そのためだろうか、彼はなんとも落ち着かなげに、自身の頬をぽりぽりと掻いている。

しかしそんな宗介の思考に反して、かなめは彼の言葉にふるふると首を横に振る。

「ううん、まだ寝るつもりなかったから別にいんだけど。それよりこんな時間にどうしたってのよ、あたしになんか用事でもあるの………?」

そう、かなめにとってはそちらの事実の方がよほど問題……というか、よっぽど謎なのである。

何故こんな遅い時間に自分が誘ってもいないのに宗介が目の前に立っているのか、どうしてあの“超”の文字が付くほどの朴念仁が、わざわざあげたばかりのマフラーを首に巻いてかなめのマンションに現れたのか。

一切合切、ホントのホントに分けが分からない………。
というか………。本当に今日という一日は、かなめにとって分からないことだらけだ。

「………………そういう日なのかしらね?」

「─────────Σ!!?どうかしたのか、千鳥/////」

「へっ………………。いや、特にはなんでもないんだけど。てか、あんたの方があたしの家になにしに来たのよ?」

かなめが首を傾げながら宗介を上目使いに見上げると、彼は一気に真っ赤になって体中から脂汗を吹き出させた。

「いやっ………。それは………その…………//////」

「………あっ、それより其処寒いでしょ。とりあえず中入りなさいよ。なんか話があるみたいだけど、なら中でゆっくり──────」

かなめが思い出したように彼を家の中に招き入れようとすると、

「いや、大丈夫だ!!!その……用件はすぐに終わる。だからその、この場で問題ないんだ………/////」

なぜか知らないが、宗介は激しく狼狽し、慌ててかなめの申し出を拒否した………。かなめはそんな宗介の様子を不審に思いながらも、とりあえずそのまま玄関に立ち止まった。

「宗介がここ(玄関)でいいってんなら、あたしは別に構わないんだけどさ………。ところであんたの用件っていうのはなんなのよ、何か急ぎの用事でも─────。あっ、もしかして仕事関係の事とか?」

かなめのいう“仕事関係”とは、もちろん”《ミスリル》関係”のことを意味している。宗介が連絡もなしにかなめの家を訪れるくらいだから、何か余程大変なことが《ミスリル》内で起こっているのかもしれない。
それともまた、あのクリスマス・イヴの一件のときのように、自分の身が何者かに狙われているのだろうか………。

「いや、そういう事ではない……。確かに数日後に仕事の予定が入ってはいるが、その件と今日の訪問はまったくの無関係だ。それに、この用件は君が危惧しているような類のものでも断じてない………」

かなめの脅えたような表情を見て、鋭く彼女の考えていたことを理解したのだろう、宗介はすぐさまフォローを入れる。

「それ、ホント………………?」

「あぁ、本当に大丈夫だ。だから安心してくれ、千鳥」

自分の最も信頼している宗介が言っているのだ、本当に問題はないのだろう。確かに安心は出来た。だが、ならば尚更だ………。

「ねぇソースケ、なら本当に用件ってなんなのよ?はっきり言ってくれるか家に入ってくれるかしないと、あたしだってそろそろ寒いんだけど」

季節は見事に真冬、しかも夜の。
わりと厚着をしているからとはいえ、お風呂上がりだし玄関を開けっぱなしで話し続けていたら当然ながらかなり寒い。このまま此処(玄関先)で宗介と立ち話を続ければ、おそらく確実に風邪を引いてしまうことだろう。

冗談抜きでそろそろ家の中に入りたい………。

「すっ……すまない………!!その……。寒いとは思うのだが、あと30秒だけ俺に時間をくれ…………////」

そう言うと宗介はいきなりくるりと振り返り、かなめに背中を向け、

「………………………………(ブツブツ/////」

かなめにも聞こえないくらいの小さな声で何事かをぶつぶつと呟く。

「………………………………………?」

かなめが眉根を寄せて首を傾げていると、宗介はきっかり30秒後にかなめに向き直った。

そして赤い顔とは対照的な白い息をはぁ~っと肺の奥から吐き出し、かなめの目を真正面から見据えて切り出した。

「千鳥、今日は本当にありがとう…………/////」

「へっ……………?/////」

「学校ではちゃんとした礼を言えていなかった。だから、その……。どうしても今日中に君に直接会って、伝えたかった………/////」

かなめは宗介の言葉が始めは何を指してのモノなのか分からなかったが、すぐに自分が手渡したマフラーのことを言っているのだと理解し、赤面した。

ようするに宗介の用件とは、マフラーのお礼をわざわざ今日中に自分に直接伝えることだったのだ。

「がっ、学校で言ったでしょ、いつものお礼だって……。だから、別にお礼言われる程のことじゃないよ………/////」

かなめは嬉しさと恥ずかしさをどうにか抑え込みながら、なるたけ平静を保った風にしてそう言った。

だか宗介はかなめの言葉を聞いて、自分の首をぶんぶんと横に振った。

「そんなことはないぞ千鳥、このマフラーは俺にとって物凄い援軍だった!!!喩えるなら、戦場で味方が次々と息耐えていき弾薬も食糧も無くなり孤立無縁の状態で一個小隊と交戦しているという絶望的な状況下の中、自分の味方軍が最新鋭のASで応援に駆け付けてくれたようなものだったのだっ!!!!!!」

正直なところ……………。

『せっかくの手づくりマフラーを、そんな風に喩えられてもなぁ~……/////』

と思わなくもなかったけれど、それが無器用だけど生真面目で優しい相良宗介という男の一生懸命なのだろうと思い直し、かなめは素直な気持ちで彼の言葉を受け取ることにした。

「うん、こっちこそありがとね。正直あんたの喩えはよく分かんなかったけど、とりあえず喜んでくれたってことだけは良く分かったよ………/////」

かなめは可愛らしく頬を朱色に染めて、宗介を上目使いに見上げた。
彼女の表情は本当に嬉しそうであり幸せそうである。その温かな表情を見ているだけで、こちらも穏やかな心持ちになってくる。

「当然だ。その……君の手製のマフラーを貰って喜ばない男など、おそらく何処にもいないと思うぞ…………/////」

宗介はかなめから恥ずかしそうに瞳を反らせると、後ろ頭を手でぽりぽりと掻きながらそう呟いた。

かなめは宗介の何気無い(?)言葉に、思わず目を丸くする。

「ちょっ、ソースケ──!!あんたどうしてそのマフラーがあたしの手編みだって知ってるのよっ───Σ!!!??/////」

「………やはり本当に君が編んでくれていたのだな/////」

────────しまったΣ!!??/////

両手で口を塞ぐがもう遅い。完全に口が滑ってしまった。

「八割方そうなのだろうとは感じていたが、確信はまだ持てていなかった………。だが、どうやらこれでハッキリしたようだ/////」

「うぅ……………………/////」

満足そうに頷く宗介とは反対に、上手いこと彼に鎌をかけられた(本人にその自覚はないとしても)のだと気付いたかなめは、心中穏やかではない。体中熟したりんごのように真っ赤になり、頭部からもくもくと湯気も上がっている。

「その、千鳥もう一つだけ確認してもいいか………………////」

「なによ………………/////」

冬の寒さなどすっかり忘れて悔しそうに、恥ずかしそうに宗介を睨むかなめ。しかしどうやら宗介も自分のことで一杯一杯らしく、彼女のそんな様子にはまるで気付かない。

「その……君は俺以外の誰かに、マフラーを作った経験はあるのか─────////」

本日最も真剣な瞳で、かなめのブラウンの瞳を真正面から射抜いた!!!!

いつもならこの様な類の質問をされれば適当にはぐらかし、誤魔化し、逃亡するのが常のかなめの常套手段であったが、射抜くような宗介の黒い瞳には“適当”“逃げ”“誤魔化し”等という卑怯千万な選択肢は、決して選ばせて貰えない強い何かがあった。

「そっ、そんなのないわよっ、一回も!!!手編みのマフラーなんか作ってあげたの、あ……あんたが始めてなんだから////」

だからなのかかは分からないが、かなめはつい本当の事を、本当の思いを色々と宗介に暴露してしまう………。

「あの店であの毛糸玉を見つけたとき、絶対あんたに似合うって思ったの………。宗介誕生日プレゼントにラピスラズリくれたのに、あたしはあんたの誕生日に何もあげてなかったでしょう。だから丁度良いかなとも思ったし………/////
あんたこの寒いのにマフラーとか手袋とか、全然しそうにないし、多分買ったりもしないだろうから……これならあんたでも使ってくれるんじゃないかなって思ったの。でも、手編みのマフラーなんて今まで一度も作ったことなかったからあんまり自信ないけど、それでもソースケに喜んで貰いたくて、自分なりには一生懸命作ったつもりよ…………/////」

顔に血液が溜っていくことなど気にもせず、かなめはこの際だと思って本音の全てを一息にぶち撒けた。

「……………………………//////」

一方喋りまくるかなめとは対象的に、宗介は完全に沈黙してしまった。

「ふんっ、どぅ……これで満足いった!!!/////」

かなめは寒さと恥ずかしさで顔を赤く膨らませながら、腕を組んで鼻を鳴らした。こうなりゃヤケだといわんばかりに暴露しきったから、もぅ何一つかなめが言うべきことなど残ってはいないのだ!!

だというのに……………。

「………………………………/////」

目の前に立っている宗介は、真っ赤になってずっと黙ったままなのである………。

「ちょっと、あんたも少しは喋りなさいよねっ!!!あたしばっかりあんな恥ずかしいこと暴露させられちゃって、なんだかめちゃくちゃ不公平じゃないのっ/////」

言いたかったことをいっぱい言えてスッキリはしたが、同時に暴露してしまったことに対して、恥ずかしさや悔しさもやってくる。

とりあえずかなめは、なんでもいいから宗介に口を効いて欲しかった。

だって………。このまま、宗介がずっと黙りこくったままでいるというのは、なんだかその、物凄くずるい気がする…………。

「………めっ…………面目ない。千鳥っ…………/////」

実のところ、当の宗介本人も困り果てていた………………。

言いたいことは山程ある気がするのに、まったくもって言葉にならない。
伝えたい気持ちは崩れそうな程あるのに、これっぽっちも口にする事が出来ない。

……………だから宗介は仕方なく。

「ちょわぁっソースケ、なにっ──────Σ!!!??////」

かなめの手をいきなり取って、驚く彼女をよそにその手をブンブンと上下に振り回したのだ。

自分の無器用さをとことん呪った宗介だったが、実際仕方がなかった。
少しも言葉にすることの出来ない自分の思いをその“握手”という行動すべてに詰め込む以外、相良宗介には何をすればいいのかまったく思いつかなかったのだから…………。

そして、かなめもいつもみたいに、

『いいかげんに手を離しなさい、このスカポンタンッ////』

とハリセンで宗介を叩いて、怒鳴ることが出来なかった。

ブンブンと振り回され続けている手は痛いし辛いし、言いたいことがあるのなら口を使いなさいよ!!とも思ったが、目の前にいる男があまりにも真剣な表情で固く握った手を振り回すものだから、怒ってやりたくとも怒れない………。

「………………………………………/////」

どうせ上手い言葉が出てこなかったから、仕方なくこんな妙ちきりんな行動に走ってしまったのだろう。
いったいこの男は、ドコまで愚直で無器用なのだ…………。

かなめは呆れを通り越してだんだんおかしくなってきて、

「くくく……あはははははははははは………………/////」

ついつい腹の底から大笑いしてしまった。

「─────────────Σ!!!??/////」

宗介は目の前のかなめがいきなり大声で笑い出したので、慌ててその手を止めた。

しかし、今度はかなめが宗介の手を両手で握りブンブンと上下に振り回す。

「千鳥っ────────Σ!!!??/////」

宗介がかなめを止めようと声をかけるも、かなめはからからと楽しそうに笑いながら決して宗介の手を離そうとはしない。とても嬉しそうに、心から幸せそうに、ぶんぶんと繋ぎあった手を上下に振り回し続ける。

それから数分の間、宗介は仕方なくかなめのされるがままとなった…………。

…………………………。

一頻り宗介の手を振り回したあと、かなめはようやく自分の手を止めて、いまだ自分の両手で握ったままの、彼の大きな手を見つめた………。

「………………………………//////」

そして、ほんの少しだけ何かを考えたあと、かなめは静かに目を閉じて、握ったままにしていた宗介の手を、おもむろに自分の冷えた頬に当てがった。

───────────ドクン//////

かなめに聞こえるのではないかと心配になるほど、宗介の心臓は一際高く鳴り響く。

かなめの赤くなった頬の冷たさや柔らかさが自分の素肌にダイレクトに伝わり、体全体を温かな何かに優しく抱き竦められたような錯覚が、宗介を包み込んでいく………。

────いや……。錯覚などではないのだろうか………?

呆とした思考の只中にあった宗介の意識を引き戻したのは、かなめが彼の手を握る力を少しだけ強めたときだった。

「ありがと、ソースケ…………。あんたの気持ち、いっぱい伝わったよ/////」

彼女は瞳を閉じたまま、そっと囁いた。
その染み入るようなかなめの声と言葉は、宗介の心の中でふわりと広がって静かに溶けていく。

彼の心は、言葉にならないくらいの安らぎを感じずにはいられなかった。

「…………………………………………/////」

自分の汗ばんだ指先を少しだけ動かして、宗介はかなめの頬を撫ぜてみた。
そこには確かに、柔らかで優しい彼女の感触がある……。これは夢でも幻でも、ましてや自分の錯覚などでもない。

この温かさは、安らぎは、幸福は、すべてて本物で、すべてかなめが自分に与えてくれているものなのだ………。

…………………………。

─────守り抜こう…………。

かなめと同じように、宗介も瞳を閉じてみた。

すると不思議なことに目を開けていたときよりもずっと近くに、かなめを感じることが出来た。

──────どんなに手強い敵からも…………。

触れ合っている箇所から、精神の先端まで彼女と繋がっているかのような心地良い安心感がある。

いつまでも、いつまでも、ずっとでこうしていたいと思う………。
手のひらに感じるこの温かさを、優しさを、愛しさをずっとずっと感じ続けたいと思う。

──────どんなに厳しい試練からも…………。

たとえ身勝手だと罵倒されてもいい、傲慢だと蔑すまれようと構わない。
他の誰のためでもなく、自分だけのために、かなめに側にいて欲しいと思う。

そのためなら………………。

─────新たな世界をくれた大切な君を、俺はどんなことをしてでも守り抜く!!!

…………………………。

宗介とかなめは、どちらからともなく瞼を開けて静かに微笑みあった。

「マフラーをありがとう千鳥。ずっと、大切にする……………/////」

「うん………。どういたしまして/////」

二人はもう少しの間だけ、そうして冬の玄関口で佇んでいた。

かなめは宗介の温かく大きな掌を感じながら、宗介はかなめの冷たく柔らかな頬を感じながら………。

《end》

[あたたかな贈り物 おまけ]

…………………………。

「あづい………」

現在1月半ば────────。

もしも日本だったなら、いまは滅茶苦茶なくらいに寒い季節で、こたつに鍋に熱燗という三種の神器がなんとも堪らない時期の筈だ。

だが………只今特殊部隊《ミスリル》に所属しているクルツ・ウェーバー軍曹が生活しているこの地図にも載っていない西太平洋にあるメリダ島は、平均気温が約30度前後という冬とは完全に無縁な常夏の孤島である。

毎日毎日とにかく暑くじめじめしているのだ………。

クルツはごみ山のような有り様になっている自分のデスクにくずおれたまま、

「あづい………………」

という、夏場にはお決まりなこのフレーズを何度となく繰り返す。
ずっと同じ時間、同じ空間、同じ状況にいる人間にとって、これほど鬱陶しいことはないだろう………。

「あづ──────」

──────ズパーーーンΣ!!!??

もう何十度目になるか分からないその台詞をクルツが吐こうとした瞬間、彼の整った顔面はごみ山デスクに思い切り叩き付けられた。

「いってぇー、何しやがるこのクソア───────」

「黙りなっ、さっきからいちいちいちいちうっさいのよこのクソ餓鬼が!!そんなに暑くて死にそうなんなら、食糧庫にある超大型冷蔵庫の中にでも入ってな。それで二度と出てくるなっ!!!!!」

クルツの頭を分厚い書類の紙束で叩き倒したのは、彼の上官でチームリーダーでもある女性、メリッサ・マオ小尉だ。
彼女は中国系のアメリカ人で、ベリーショートの黒髪とキリリとした美しい容姿を持つしなやかな黒猫を思わせる女性である。

あるのだが、今のマオは黒猫というよりは寧ろ怒り狂った黒豹に近い相貌となっている。

「たくっ………。暑いのはこっちだってよ~く分かってるっつ~のよ(怒!!!
毎日毎日このクソ蒸し暑い部屋ん中で、デスクワークあんたの数倍はこなしてんだから!!!!」

苛々とした様子で頭を掻きむしりながら、自分のデスクに戻っていくマオ。小尉に昇格してからというもの、彼女の仕事量は以前より格段に増していた。

通常の勤務時間だけではどうにも書類仕事を捌ききることはままならず、自室に持ち帰って徹夜することもしょっちゅうとなっていた。その影響からなのだろう、幾分以前より肌もかさついているご様子だ…………。
普通の部下なら適当に配慮などするのだろうが、かの金髪碧眼の(黙っていれば)美青年は違っていた。

「だってよ~マジ暑いじゃんかこの部屋、つーかコレが本当に最新鋭の秘密基地なのかよ。どっかの萎びた営業所の間違いじゃね~のか。この有り様………」

「冷房がぶっ壊れたんだからしゃーないでしょ、我慢しなっ!!!!」

「ったくよぉ………。何処のドイツだ、二年以上もエアコンの掃除サボってやがったのは!!!」

《SRT(特別対応班)》要員たちの使用するオフィスが異様な程蒸し暑い原因はこれだった。

二年以上もの間まったく掃除や整備をされることなく、場所馬のように酷使され続けたエアコンが、とうとう過労のためお亡くなりになってしまったのである。
享年十三歳と中々に長生きだったとかなんとか………。

まあそれはさておき、そうでなくとも余計な経費を掛けることが出来にくい組織であるのがこの《ミスリル》である。一応嘆願書は出しておいたが、新たなエアコンが設置されるのは当分先のことだろう。

つまり、クルツをはじめとするSRT要員たちは当分の間、このサウナ同然のオフィスで仕事をしなければならないのであった。

「そんなに暑いなら自分の部屋にでも帰んなさいよ、どうせここにいたって仕事なんかヤりゃしないんだから」

つーか出てけ!!とマオが辛辣に言うも、

「部屋めちゃめちゃ散らかってるから、今アソコに帰りたくねーんだ。昨日の夜ネズミがつまみのチーズかじってたし。さすがの俺でも引いたなぁ、あれは………」

クルツはそう言って、ごろんと自分の第一ごみ山デスクから、隣の第二ごみ山デスクにまで転がった。

「あんたってマジ最悪ね…………………」

マオはノートPCの電源を“ON”にしながら、酷く憂鬱気な声で呟いた…………。

…………………………。

「俺もマオに同意見だな……………」

その一見場違いではないのかと思われる人物は、自動開閉式の扉からなんともむっつりとした表情と口調で、当然のように《SRT》要員専用のオフィスに現れた。

「あっ、おかえりソース──────………」

「あん、何だとこんにゃ──────………」

クルツとマオはそれぞれ日本の東京から帰ってきたばかりの同僚である凄腕の少年兵、相良宗介に声を掛けようとして………二人同時に口をつぐんだ。

「クルツとりあえず俺のデスクから退け。 お前がそこに寝ていては、荷物もなにも置けたものではないぞ」

高校のカッターシャツを着たまま職務室に現れた宗介は、詰め襟と通学鞄を小脇に抱えた状態でクルツに詰め寄る。

だが、クルツは宗介の要求に応えようとしない。
ただ奇妙なモノを見る目で、たとえるならツチノコやUMAを見るような、そんな瞳で宗介を眺め回している…………。

「なんだ……どうかしたのか……………?」

宗介もクルツの無遠慮な態度に、訝しそうに眉を潜める。

「いや……どうしたって、お前に言われても。なあ、姐さん……………(汗」

クルツが口角をひくつかせながら、マオに視線を送る。宗介もクルツと同じようにマオに視線を向けてみたところ、何故か彼女もクルツ同様、奇々としたモノを見るような眼差しで宗介をじろじろと眺め回していたのだ……。

「むぅ、マオまでいったいなんだというのだ……………?」

眉間に深い縦皺を寄せ「分けが分からん………」と言いたげな瞳でクルツとマオを交互に見遣る宗介。

二人は一度顔を見合わせたあと、マオが二人を代表して宗介に言葉を発した。

「いゃあね、ソースケ。ソレ暑くないのかなぁって思って………(汗」

マオは宗介がずっと首に巻き付けているもの、すなわち深緑色をしたマフラーを指差して言った。

日本は今頃真冬なのかもしれないが、今彼らが居る此処はメリダ島だ。常夏のパラダイス(嘘)なのだ。さすがにマフラーはおかしいというか、あまりにもミスマッチ過ぎるだろう………。

つーか、学ランはしっかりと脱いで小脇に抱えている辺りが、暑いという証しではないのか?

マオやクルツがそんな風に考えていた時だった……………。

「──────────────(ドヵンΣ!!!??/////」

しばし何事かを黙考していた宗介が、いきなり真っ赤になって爆発した!!!

「「どっ、どぅした(の)ソースケ───Σ!!!??」」

異口同音に叫んだマオとクルツは、慌てて自分達(片方は宗介)のデスクから飛び起きる。
しかしすぐさま宗介は二人を手で制す。

「いっ……いや、なんでもない。問題ない////それに暑くもない、普段とまったくかわらん。大丈夫、本当に大丈夫だからまったく気にしないでくれ/////」

「「………………………………?」」

珍しく慌てて言葉を捲し立てた宗介を、クルツとマオはポカンとした表情で眺めてしまう。

二人のよく知る相良宗介という少年は、むっつりとした表情で戦争呆けの朴念仁をやっている学生としての彼か、《ミスリル》の凄腕傭兵として、共にチームを組む頼れる仲間である《ウルズ7》としての彼か、大半はこの二つのどちらかなのだ。

その相良宗介がこんなに真っ赤になって慌てているとは、中々に珍しい。というか、かなりレアだ。。。

『宗介がここまで動揺することなど、千鳥かなめがらみくらいしか………………』

その考えに思い至ったとたん、

───────ポク、ポク、ポク、チ~ンッ!!

という(どこかで聞いたことがある)ような軽快な音が、二人の頭の中で同時に鳴り響いた。

「「ほほぉ~う、なぁ~るほどねぇ~~~~~~(ニッコリ////」」

そして二人同時に宗介にニッコリと笑いかける。

──────ビクッΣ!!!??////

二人の表情を見た瞬間、宗介はなんとも形容し難い………いうなれば本能的な恐怖を体で感じる。

彼等の目は上弦型に垂れ下がり、口角はそれとは逆に下弦型に吊り上がっている。(有り体に言ってしまえば不気味な表情になっているということだ)。

そんな二人の様子から直感的に身の危険を察知した宗介が、すぐさま後退ろうとした時だった。

───────────ガシッ!!!!!

ハロウィンのお化け南瓜のような表情を作ったクルツが、宗介の肩を素早くガッチリと捕まえた………。

「へぇ~~~い、Wherer are you going now?」
(違訳:ドコ行くきだ、こら)

─────何故いきなり英語なのだΣ!!!??

などと突っ込むことさえできず、ただただダラダラと脂汗を流しまくる宗介。

「そぅよ~なにも逃げるこたぁないじゃない、あたしらはただちょっと宗介にその温ったかそうなマフラーについて質問しようとしてるだけなのよ~~~(ニヤリ////」

いつの間にか忍びよっていたマオが、クルツとは反対側の肩をガッチリと掴む。
(宗介曰く、ソレは女の握力ではなかったらしい………)。

「クルツ、マオ!!貴様ら俺を一体どうするつもりなのだ───Σ!!?/////」

宗介の言葉を聞いたクルツとマオは最後にもう一度顔を見合わせたあと、今までで最も邪悪な笑顔を彼に向けた。

「「さぁ~、有りの儘に事情を説明して貰おうじゃない(ねぇか)(ニッコリ/////」」

宗介はもちろん目を見開いた。

「きょ、拒否権を行使させて──────Σ!!?/////」

「「ンなもん、ココにゃあねぇ(わ)よ(ニタリ//////」」

この後、相良宗介にとって地獄のような査問会が数時間に渡って繰り広げられることとなった……ということは、まぁおそらく、言うまでもないことだろう………。

《了》

 


あとがき

わたしが高校生くらいの頃に書いた宗かなSSにして、最も長い作品です。
文章下手だし台詞がかなり多い小説だけど、楽しみながら頑張って書いた記憶はしっかりとあります。なので、個人的にはそこそこ気に入っていたりしますww
(とにかく、宗かなへの愛はたっぷりこめたつもりです^^)

最終巻発売まであとほんのちょっとですが、大好きなフルメタと宗かなが、本当に素敵なハッピーエンドを迎えてくれると嬉しいなぁと思います♪♪

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