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2014.02.20 11:05

想いが届きますように by もち

 その日も彼の足は屋上へと向かっていた。
 学生生活も残りわずか。
 するべきことは全て行った。
 ……いや。
 本当に“行った”のか。
 なし崩し的に“行う”ことになってしまったのでは?
 しかし、自分のしたことは正しい。
 ……いや。
 本当に正しかったのか?
「……」
 屋上へ続く扉を開ける。
 夕暮れ時。
 真っ赤な西日が全てを照らしつくしているように錯覚する。
 オレンジに染まったタイルを踏みしめ、彼は危険防止のためのフェンスまで歩み寄った。
「……」
 繰り返される自問自答。
 答えは決して出ることはない。
 あの日。
 一友人に言った言葉。
 いつかは伝えなければならなかったであろうあの言葉は。
 あのような伝え方でよかったのだろうか。
 やはり、知らない振りを。
 あの幸せだった日々を続けていけるように、虚を演じていたほうがよかったのだろうか。
 限界だと思ったのだ。
 彼自身の力が及ばなくなってしまう時期が来てしまう。
 それはもちろん、彼にもわかっていたのだろう。
 しかし、目を逸らしていた。
 意識はしていなかったのかもしれない。
 今でも彼の顔が脳裏に焼きついてはなれない。
 あの絶望にも似た表情。
 自分が生徒会長という、生徒の一番上に立つものだから、あのように親しく接していたのではないことを、分かっていた。
 きっと彼と自分は馬が合っていたのだ。
 そう信じたい。
 彼や彼女と居る空間は本当に楽しかった。
 面と向かって言ったことはないが、ある人から「あのお二方と居るときは、本当に楽しそうですね」とクスクス笑いながら言われたことがある。
 少し考えてから「あぁ。楽しいよ。彼らを見ていると飽きが来ない」と返すと「まぁ」とまたクスクスと笑われた。
 自分は彼らのことがとても好きだったのだ。
 しかし、その彼らとの絆を自分から断ち切ってしまった。
 彼を、拒絶した。
「……」
 キシっと、掴んだ金網が音を立てる。
 今の自分の心はこの金網のようだ。
 きちんと隔てているのに、この穴から思いだけが流れ出していく。
 いつかこの思いも途切れてしまうのだろうか。
 時が経てば人間は記憶を薄れさせる。
 いつかは、彼らの顔も、声も、仕草も、記憶から消えていってしまうのではないか。
 あれだけ強烈な存在であったのにも拘らず。
「時の流れとは、残酷なものだ」
 口から出た言葉は、なんとも味気ない言葉。
 結局、自分はその運命から逃れられず、ただただ時間をすごしていく人間の一人でしかないということ。
 それを思い知り、思い知らされる。
 自分が自分自身に投げかけた言葉で。
「……まるで詩人だな」
 彼は自嘲気味に唇を歪めた。
「こんなところにいらしたんですね」
 かけられた声に振り向く。
 そこには、何かと自分を気にかける、お節介だが慎ましい少女が立っていた。
 彼女が屋上に来たことにも気づかずに、耽っていたとは。
 自分も相当参っているのかもしれないと思いつつ。
 彼は平然を装い、視線を戻すと、
「何か用かね?」
 と聞く。
「まぁ。つれないお言葉ですね」
 決して横には並ぼうとしない少女の声を背に受ける。
 その声は、悲しそうにも呆れているようにも聞こえた。
「すまないが、特に用がないのなら一人にしてくれないだろうか」
「それはできません」
 拒絶する言葉は彼女によって却下される。
 振り返る。
 今度は視線を戻さず、彼女の顔を見た。
「なぜ、かね?」
「……」
 綺麗な瞳が、夕焼けの紅を取り入れ揺れていた。
 しかし目を逸らすことはない。
 じっと彼の目を見つめている。
「放って置けないからです」
 少しの沈黙をはさんで、彼女が理由を告げた。
 その言葉を聴き終え、彼はまた視線を前に戻す。
「好きにしたまえ」
「はい。喜んで」
 彼の了承に、少しだけ嬉しそうな声色で返答がされる。
「……」
「……」
 そこからの彼らに会話は無かった。
「……」
「……」
 数時間ほど同じ体勢のまま、時間だけが過ぎていく。
 いつしか夕暮れの赤は紫に飲み込まれ、やがて藍色へ。
 漆黒が支配する時へと近づいていった。
「暗くなってしまったな」
「えぇ」
 空を一瞥した彼は彼女へ振り向いた。
「帰ろう。送っていく」
 歩き出し、彼女の脇をすり抜ける彼。
「……」
 その歩みを、彼女が止めた。
 彼の腕を掴んだ彼女。
 交差する格好のまま、動きを止めたのだ。
「なぜ、何も言わないのですか?」
「……」
 顔を伏せた彼女の声が、痛々しく震えている。
「悲しいのでしょう? 泣きたいのでしょう?」
「……君は何を」
「違いますか?」
「……」
 彼の言葉を遮った彼女の声は、今まで聞いたことのない力強さがあった。
「彼を……相良さんを追い込んだのは自分だと、そうお思いなのでしょう?」
「君は」
「聞いてはいません。でも、分かります」
 彼女が振り向いた。
「あなたのことだもの」
 涙を溜めた瞳で。
 にっこりと笑いながら。
「辛い決断だったのでしょう。遅かれ早かれ、こうなることは分かっていました。……その準備をさせてあげたかったのでしょう?」
 ゆっくりと体をこちらに向けながら、彼女は語る。
「いきなり突きつけられる絶望ほど怖いものはありません。それを、味あわせたくなかったのでしょう?」
 違う。
 それは偽善だ。
 私は怖かったのだ。
 彼の、彼女のリアルに巻き込まれることが。
「……私は」
「あなたは優しいから」
 顔を伏せた彼の両頬を、彼女が優しく包んだ。
 彼の両目が開かれ、彼女を直視した。
 その彼女は泣きながら笑っている。
「大丈夫。私には分かっています。だから……敦信さん」
 頬に当てられた手が首に回り、引き寄せられていく。
 彼の体はそれに逆らえず、ゆっくりと前傾姿勢になり。
 やがた、彼の頭は彼女の胸に抱かれた。
「無理せず、悲しいときは泣いてください。私が……蓮が全て受け止めます」
「……っ」
 限界だった。
 それまで内に秘めていた様々なものが、彼の眼を通し、流れていった。
 それは、去ってしまった彼らだけではなく、救えなかったもの、家族、友人。
 その全てを飲み込むほどの大きな器に抱かれている心地良さがさせたのか。
 いつしか、彼はしがみつくように彼女の腰に手を回し。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
 大声を上げて啼いた。

 屋上での一件の後。
 さすがに校舎も閉まる時刻に突入するということで、敦信と蓮は急いで支度し下校した。
 今は、蓮を敦信が家まで送る帰路の途中。
「すまなかったね。服を汚してしまった」
 めがねのブリッジを指で持ち上げ、敦信は蓮に謝った。
「いいえ。かまいませんよ」
 その言葉に、蓮は笑顔を返す。
「君には負けたよ。私があんな醜態を晒す事になろうとは」
 照れているのか、敦信は蓮を見ることが出来ないでいる。
「差し出がましいとは思ったのですが、その……。見ていられなくて……。あんな行動をとってしまいました」
「……ふ」
 自分とは正反対に照れを隠せず、顔を真っ赤にしている蓮。
 それを見て、敦信は不覚にも可愛らしいと思ってしまった。
「君は強いな。彼らとも十分親しかっただろうに」
「いいえ。強くなんてありません。ただ、信じているだけです。彼が語った言葉を」
 あの校舎破壊及び生徒人質事件の後、相良宗介は学校に姿を現し、クラスの面々の前で彼女―――千鳥かなめをここに連れ戻すと宣言し、去っていったのだという。
 彼らしいと思える行動だと、敦信は思う。
「そ、それから……」
「?」
「……大切な人が弱っていたら、女は強くなろうとするものなのです! その人を、支えたい……ですから」
「っ……」
 面食らう。
 自分のそばにいる女性がここまでの大声で何かを喋ったのは、これで2度目だ。
 しかも今日1日で2度も体験してしまった。
「す、すいません。はしたなかったですね。また大声で……」
「いや。気にしなくていい」
 そうか。
 私はもう、一人で溜め込むことはない。
 もし溜め込んだとしても、彼女がいれば吐き出させてくれるのだろう。
(知子。私にも大切な人が。どうやら出来たようだよ)
「!? あ、敦信さん……」
 キュっと彼女の手を握る。
「嫌かね?」
「嫌なわけ、ありません」
 優しく握り返してくる彼女の行為がとてもいじらしい。
 また顔を真っ赤に染める彼女を見て、敦信はフっと笑う。
「では、このままで」
「……はい」
 願わくば、この幸せが長く、永遠に続くように。
 そして、彼らの元にも最高の幸運が訪れますように。
 願いを込めて見上げる空には、幾千もの星が瞬いていて。
 その一つ一つの星に、ゆっくりと願いを込めれるように。
 敦信の歩調は自然とゆっくりになっていった。


あとがき

いやー; 突発って怖い;
急に浮かんだのが林水とお蓮さんネタでした。
せっかくなので、記念に投稿しようかと;
めちゃくちゃ短いですがね……orz
なんというか、あの凛とした会長閣下も好きなんだけど、やっぱし人の子だから。
弱るときもあるんじゃねーかなーと思いまして。
でも、彼には傍で支えてくれる人がいるので、大丈夫だろ!
ていう妄想を形にしてみました。
あー。俺もお蓮さんみたいな彼女欲しい(違
あ。
お話の時期としては、せまるニック・オブ・タイム後の一幕という感じです。
宗介との会話、ところどころに苦渋が感じられてたので;
会長だって思い悩むんだもん♪ってことでひとつ。
……もちでした;

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