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2014.02.20 11:05

再会 by 深夜

 大気が震えている。
 砂埃は風に巻かれて舞い上がる。だがその舞い上がり方が少しおかしい。
 一方向に流れているのではなく、一点を中心に外へ押し出すように砂埃が舞っている。真上から真下へ息を吹きかけられたように。
 突然、何もなかったはずの宙にヘリの姿が現れた。何処からかやってきたという意味ではない。何の前触れもなく、唐突にその場に姿を見せたのである。
 ヘリはゆっくりと着陸していく。
 無骨な扉が開き中から少年──相良宗介が降りようとしていた。
「済まない、俺の用事に付き合わせて」
 操縦席に座る機長に声を掛ける。
「別に構わないさ、サガラ。しかしこんな何もない所に何の用事があるんだ? 花なんか持って。まさかコレか? カナメちゃん怒るぞ」
 小指を立ててからかう機長。ただ残念なことに、宗介には機長が立てた小指の意味が分かっておらず。
「? 何故千鳥が怒るんだ?」
 不思議そうに尋ね返す宗介を見て、いや何でもない、と軽く口を濁した。
「……ここへは友人に会いに来ただけだ。ようやく決心がついたからな」
「そうか」
 決心がついたという言葉に引っかかりを感じたが、何かあるんだろと思い深くは追及しないことにした。
 ヘリから降りようとする宗介の背中に、
「四時間後にまたここでいいんだな?」
「肯定だ」
 そう告げ、宗介を降ろしヘリは何処かへと飛び去っていった。
 ヘリが見えなくなるのを見届けて渡されたメモを確認する。
 どうやら目的の場所はここからもう少し歩いた場所にあるようだ。ざっと周りを見るが移動しづらい地形ではなく、誰かに見つからないよう行動しなければいけないわけでもないので遅くても二〇分ぐらいで目的地にたどり着けるだろう。
 場所の確認を済まし移動を開始する。歩き出すソースケの足取りは何故か重かった。

      ◇

 二〇分近く歩き、たどり着いたそこは崖の上だった。おそらくこの辺りでは一番見晴らしがいい場所なのだろう。
 遠くを眺めれば、少し先にある村が一望できる。あの村が彼女が救いたいといった村なのだろうか。遠くからではハッキリとは分からないが、お世辞でも活気があるとは言いづらい。
 そんな風に村を眺めていると。――ふと、団地のベランダから自分が通っていたあの学校を見た時のことが頭を過ぎる。
 見ている物も、見ている場所も、それを見ていた人も違う。それなのに何故か、あの時のことを思い出していた。
 ……たぶん、二人が似ていたから、なんだろう。二人とも遠くに見える景色にあこがれ、努力し、そして報われることなく去ってしまった。二人は似たもの同士だ。だから、あの時のことを思い出したんだろう。
 思うことはまだ他にもある。だが、今の自分にはそんな感傷に浸ることさえ罪深すぎる。
 遠くに向けていた視線を切り、これ以上は考えないことにした。そもそも今日、ここへ来たのはそんな感傷に浸るためではない。
 探していたものはすぐ見つかった。ほとんど何もない崖の上、そんな場所に不自然に置かれている大きな石。石の方へと近づいていき出来る限りの親しみを込めて、
「久しぶりだ、ナミ」
 石の下で眠る友人へ声を掛けた。
 ナミ。かつて相良宗介が巻き込み、見殺しにした少女の名前だ。
 彼女が何かしたわけではない。彼女はただ善意で――自分の夢を叶えるために協力してくれて、何か悪いことをしたわけでもないのに自分と関わった、ただそれだけの理由で見せしめとして殺された。助けることもできたはずだ。だが、自分が一瞬逡巡したせいで彼女は撃ち殺された。
 ナミが殺された時、自分は何を思っていたのだろうか。身を焦がすような怒りはあった。飛び出せなかった自分に対する悔しさや飛び出そうとした自分を待たずに撃ったクラマへの憤り、目の前で起きた光景に対する理不尽さ、いろいろな感情がないまぜになった複雑な怒りが宗介の心に確かにあった。けれど、怒りなんて一瞬の感情の爆発にすぎない。その後、自分は何を思った?
 ……分からない。悲しかったのかもしれない。それともナミを巻き込んでしまい後悔していたのかもしれない。けれど、そんな感情が表に出ることはなかった。そして、その時、思い知らされた。一〇ヶ月間、普通の高校生として生活し、ほんの少しだけ自分でも普通になれるんじゃないかと思っていたことがあった。だが、それは勘違いでしかなかったことに。人殺しは所詮は死ぬまで人殺しでしかない。努力したからといって普通になれるはずがない。そんな当たり前のことを改めて気づかされた。
 勘違いしてしまったのは――そう、ただ、たまたま立ち止まった場所があまりにも居心地良かったから――だから、そんな夢を見てしまった。それだけの話だ。
 その証拠にそこにいた人たちはよく笑い、よく泣いていたが。自分にはそれができなかった。楽しかったときに笑うことも、ナミが死んだときに泣くことも。
「……………………」
 石に触れようと手を伸ばし、触れるか触れないかの距離で止まる。一瞬考え込み、結局、触れずに手を引っ込めた。
 石の前に花を置き、初めて会った時と変わらない無愛想な表情で静かに語り始めた。
 ナムサクから去った後のこと。仲間と再会し相棒が復活したこと。それから大きく誰にも知られない戦いが起き、その末にミスリルやアマルガムがもう存在しないこと。千鳥かなめを取り戻したこと。それからのナムサクやレモン、クロスボウの他のメンバーたちのこと。
 それらのことを淡々と話した。ただ、あまりにも簡潔な上に抑揚のない話し方は。もしナミが聞いていたら「えっと、なんかASの整備チェックの報告を受けてるみたいんだけど……」と呆れつつ笑っていたかもしれない。
 だが、そんな風に笑い返してくれる人物はいない。それが少し寂しいと言えば寂しかった。
 話すことがなくなり、黙ったまま宗介は石を見つめている。
 風が吹いてきた。
 沈黙の時間はどれほど続いたか。再び宗介が口を開いた。それは独り言のようにも、言い訳のようにも、懺悔にも取れる不思議な言葉だった。
「たくさんの人と出会ってきた。仲間だった人間がいた。敵だった人間も、戦いとは無縁の人も、尊敬できる人も、好きだと思える人とも出会えた。
 そして、いろんな人が俺に言ってくれたた。自分が『優しい人間』なんだと。けど、俺は自分がそんな人間だとはとても思えない。むしろ優しさとは遠い真逆な人間だと思っているぐらいだ」
 それでも、周りの人たちは言う。とっても優しい人。本当なら戦争なんかとは無縁な人間だと。
 宗介にはみんなが言う優しいという言葉の意味がよく分からない。どうして自分が優しい人間なんだろうかと。こんなにも人を殺して、こんなにも手を真っ赤にして、こんなにもいろんな人たちを踏みにじってきたのに――それなのに、何故、自分を優しいと言うのか。宗介には理解できなかった。
 そして、みんなは違う選択肢を自分に用意する。武器を捨てて、今までのことを全部忘れて、普通の少年として生きる道を。
 その道は宗介にとっては本当に魅力的な選択肢だ。傷つくことも、傷つけることもない。誰かを失うことも、誰かを奪うこともない。あの居心地のよかった場所で、彼女と一緒に過ごす。もしも、そんなことに本当になれるのなら、それはどれだけ幸せだろう。みんなは自分を逃げたなどと言わない。むしろ自分がそうなることを祝福してくれている。なら、進むべき道は決まっている。何も迷う必要はない――

「――それでも、俺はこの道を進むよ」

 叶うことが出来る幸せな夢を夢のままにして。宗介は戦う道を選んだ。
 そう告げる宗介の表情に迷いはない。未練も、逡巡も、ありとあらゆる感情を振り払った宗介の顔はやはりいつもと変わらない無愛想な表情だった。
 今まで踏みにじってきたものを無駄にしない。ただ、その為だけにこれからも知らない誰かを踏みにじる道を宗介は選んだのだ。
 その道は矛盾だらけだ。背負うものはどんどんと増えていき、いつかは耐えきれず背負った重みに潰される。報われることなんてきっとないだろう。どれだけ無様で、滑稽だろうとそれでもその道を進み続けると告げた。
「最期までみっともなく足掻き続けていくと思う。笑ってくれても、恨んでくれても構わない。そういう生き方しか、俺は知らないから」
 誰かと笑い合い、悲しみを共有する自分の姿がどうしても想像できない。やっぱり自分は普通になれない。
 持ってきた花を石に添える。殺風景なここには不似合いな物だが、少しぐらいこういった華やかな物があっても構わないだろう。
 もうあまりここにいられる時間はない。もうすぐ迎えのヘリが来てしまう。だから最後に、

「ありがとう。君には何度も助けられた。君に会えて、本当に、よかった」

 あの時、最後まで伝えることができなかった相良宗介の本心を口にした。

      ◇

 石に背を向けて、宗介は歩き出した。
 強い風が吹いた。風は耳を撫で、風のざわめきが聞こえる。その時、

 ――またね、ソースケ。

 そんな懐かしい声が、風に混じって聞こえた気がした。
 思わず振り返ろうとしたが、すぐに思いとどまった。自分はもう振り返るわけにはいかない。こんな風に甘えてはいけないのだから。
 背を向けたまま、

「ああ――また、いつか会おう」

 出来るだけ穏やかな気持ちでそう告げて、宗介はその場を去った。
 残ったのは無骨な石と紫苑の花だけだった。


あとがき

……なんか、勢いのまま書いて推古なしで送ってしまったけど、何を書いたんだ自分?
とにかく本当に勢いのまま書いてみました。
某ゲームの鉄の心エンドが好きな自分には、宗介が普通の人としてかなめと一緒に過ごすよりも、今までの犠牲にしないために戦い続けるシチュエーションに燃えるのです。
というか、なんかどうしてもソースケが普通の人間として誰かと笑ったり、泣いたりする姿が思い浮かべないのです。だからこそ、人形みたいだった宗介が感情を取り戻していくことが心にくるんでしょうね。
最近はこういう創作活動も、書いては消して、書いては消しての繰り返しで最終的には完成しないまま放置になっていましたが、久しぶりに一つ書き上げられて(出来云々のツッコミは却下)少しだけもやもや気分がすっとしました。
さて、フルメタがどんなラストになるのか首を長くして待とうじゃあーりませんか!

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